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 天の川で出逢う恋人たち  前編


 彼が突き出した人差し指に、私は星を見た。


 あれから毎日同じシーン、ワンパターンな夢に少しうんざりしていた。
「……何がすぐ帰ってくるよ、バカっ」
 枕元が冷たいのはいつものこと。目が腫れぼったいのもいつものこと。
「目がうさぎになっちゃうじゃない」
 さすがに耳は長くならないが、ぐずぐずしてると本当に目が真っ赤になりそうだ。
 あれから2年──帰って来てももうあの頃のようにはいかない。その間に織華《おりか》は中学を卒業して、高校生になってしまった。
 一度会えるかもしれなかったけれど、この時期の天気に邪魔された。
 今日はこんなカラ元気な空だが、あの時は絶対神様のいじわると織華は思ったくらいひどかった。
「おっはよー織華!」
「閏《じゅん》ちゃん、おはよ!」
 手を振りながら遠くから声を掛けて来た親友とは、長い付き合いになる。
「もう織華ったらいつになったら私のこと“閏”て呼んでくれるわけ?」
「昔からこう呼んでたんだもん、そうそう直らないよ」
「それにしたって私だけ呼び捨てしてるのも──」
「癪《しゃく》ですか?」
「癪ですよ」
 息の合う掛け合いがその証拠だ。大笑いしたまま教室に着いた。
「そっれにしてもさあ」
「何よ」
「牧彦よ牧彦っ! 未だに電話の一本、手紙の一通もよこさないんでしょ?」
「そうなんだよねえ……」
「あの時も言ったけどさ、やっぱりアメリカって遠いわよねえ。フロリダだから、大西洋側だし」
「フロリダじゃなくて、ロスよ、ロサンゼルス」
「牧彦が最初に言ってたじゃない! フロリダって」
「あいつが間違ったのよ」
「げぇー。みんなフロリダだと思ってるよ。真朋くんなんか毎年、あいつはNASAの近くで日焼けてんだろうなってぼやいてたよ」
 舌を出しながら閏は空を仰いだ。同じように織華も空を見上げる。


 L.A.10:00発、成田行き────。
 太平洋上一年ぶりに日本に向かう飛行機の中、少年はひっくり返るほどの体勢で寝息を立てていた。
 ポォーンと機内放送の合図が鳴る。
「当機はまもなく、成田空港に到着致します──」
「んあ?」
 あくび混じりに全身を伸ばして目を擦る。
「やあっと日本か……も少し寝よ」
 再び彼は天使の寝息を立てて眠る。


 久しぶりに織華は親友との家路を歩いていた。
「ふーん。真朋くん今日は用事があったんだ。それで忘れてた私と帰るわけね」
「そっ……別に忘れてたわけじゃあ……」
 ぶちぶちと言い訳していたと思いきや、突然視界から消えたので振り返ると、携帯を見ながら閏の口の端がニッとつり上がる。
「ねえ、これから中学の時のメンツで集まらない?」
「あっ、いーねー久しぶりにパーッと騒ぎたい気分」
「見てよ、これ」
 横に並んで見せられて携帯には、懐かしい友達からの招待状が届いていた。
「えっと何々? “偶然みっつと会ったらなんだか芽依子まで呼んじゃったから、どーせならジュンや織華も来ない? いつもの所で待ってま〜す☆”って、なんだぁ集まるっていうより、もう集まってるんじゃない」
「あはっ。よっし今日は遊ぶぞうっ!」
 二人は手を打ち合わせた。
 高校生になってからよく来るようになった町の喫茶店で、しばらくぶりで中学の仲良しグループのメンツが揃う。
「マジひっさしぶりじゃ〜ん!」
「亜津子、相変わらず派手だね」
「織華も相変わらずじゃない。高校離れても中学と一緒。集とか直美も会いたがってたんだけどさ、今日男子の方だけでなんか集まって遊んでるらしいんだ」
「へーぇ。なんだ、それじゃあ真朋くんもそっちに行ったんじゃない、閏ちゃん」
「そういうこと……」
 手に持つ来たばかりのドリンクは、キシキシと今にも潰れんばかりに音を立てていた。
「今日は用事があるから一緒には帰れないっていうから何かと思いきや」
「なんかぁ一応内緒らしいよ、うちらには。集と直美は平気でバラしてたけど」
 どっと一斉に笑いが吹き出す。
「だってあの二人ってそーいうヤツじゃあん。それにしても内緒ってなんなのよ」
「怪しいわよね」
 そうして小一時間ほど話しに花を咲かせて時計を見ると、織華は鞄を手に取った。
「ごっめん! うち今日は親が二人で出かけるから早めに帰らなきゃいけないんだった。先に帰るね」
「織華のうちの親は今夜デート?」
「そう。七夕は二人の特別な日なんだって」
 一人がポンと手を打つ。
「あーそっか今日七夕なのか! 織華の両親ロマンチック〜」
「ちっともロマンチックじゃないわよ。子どもを留守番させるわ、名前に“織り姫”の“織”の字まで入れちゃって。それじゃ今度また」
「うん、近いうちにね!」
 一斉に手を振られて後ろ髪を引かれたが、しぶしぶ織華は一人で店を出た。
 後ろ姿も見えなくなった頃、和やかなメロディーが店の中に響き渡る。
「あ、私のだ……はいはい閏だけど、あれ? 直美? なんであんたが真朋くんの携帯でかけてくんのよ。え? 織華なら今帰ったけど」
 一方電話の向こう側のとあるハンバーガーショップ────こちらも相も変わらず中学の懐かしい顔触れが揃ってたむろしていた。
「はあ!? 帰ったあ? やっ、なんでもないんだけど……会いたいなあと思っただけで──」
「だから代われって、直美」
「直美、貸せよ」
 取り返そうとする真朋を制して、牧彦は人差し指をクイクイと動かした。
「あー……月島か?」
 ふんぞり返りながらニヤリとする様に、一同は忍び笑いで堪えた。


 家に帰って来た織華は、静まり返って薄暗い家の中、電話のベルが鳴った。
「お母さん達かな……また遅くなるんだったりして」
 受話器を取りながら、返事とともに制服のネクタイを解き始める。
 しかし電話の相手は意外な人物だった。
「織華ちゃん? お久しぶりねえ、牧彦の母なんだけど」
「牧彦の! ご、ご無沙汰してます!」
「良かったあ元気そうで。実はね、今度また日本に戻ることになったんだけど、こっちのハイスクールがバケーションに入ったから一足先に牧彦だけ帰国したのよ。もうそろそろそっち着いたはずなんだけど、まだお邪魔してないかしら」
「え!! ホントですか?はい、まだ来てないです」
 電話を切ってネクタイを結び直すと、表に飛び出した。
 どちらの方向にもそれらしき人影はない。
 逸る気持ちに押されて、とにかく足が向く方へ駆け出していった。
 帰って来た。もうこの町のどこかにいるのだと思うと、止まってはいられなかった。
 だがそんな心に反して、足や息はついていけなかった。呼吸を落ち着かせてから極力ゆっくりと歩き始める。
 そういえばと、切ってしまっていた携帯の電源を入れると、着信が2件ほど入っていた。
 一つは閏、もう一つは直美からとなっている。
「ウソっ! いつの間にっ」
 着信履歴から織華は電話をかけ直した。


 時間は10分ほど逆上るが、牧彦は友人の携帯を借りたまま織華の家へとかけていた。
「…………くっそ、話し中だ。おい真朋 !もう一回月島にかけてくれよ」
「はあ?! 人の携帯ばっか使ってんじゃねえよ」
 隣りの黒ぶち眼鏡の男は腕を組んでこちらを睨みつけている。
「せっかくこの大親友さまのご帰還なんだからケチんなよー」
「…………ほれ」
「サーンキュ。────……げっ、こっちも出やがらない。ちきしょーこおなったらやっぱ行って来るわ」
「どこに?」
「琴原んちだろ。俺もう一度月島にTEL入れとくは」
 手をひらひらさせて携帯に目を落としていた親友に見向きもせず、一目散に牧彦は店を飛び出した。


「も、しもしっ?」
「あ、やーっと繋がった。もう今まで何してたのよ! ってそれより大変、牧彦が帰って来てるんだって!」
「知ってる……さっきおばさんからうちに電話が来たから」
「なんだあ〜つまらないなあ。驚いて腰抜かすか、泣き崩れるくらい期待したのに。それにしてもなんか息切れてない?」
 自分の影の肩の部分が規則的に上下していた。
「うちに来るらしいんだけど、来ないから捜しに出て来たの」「……あのね、何も気持ちが急くからって走らなくてもいいんじゃない? それに、そういうことなら家にいないといけないんじゃないの?」
「……ん、いま戻るとこ。まだみんなといるの?」
「うん。も少しで帰るけどね」
 電話を切って、再び着信履歴を開く。今度は幼馴染みの男子宛だった。
「織華か?!」
「着信入ってたんだけど、何? ……牧彦がそこにいるとか?」
「は……な、なんだよ。戻ってきたの知ってたのか。つまんねぇー……じゃなくて、あーあいつ、たぶん今ごろおまえんちに着くと思っ──」
 そこで回線は途切れた。織華が一方的に切ったのだ。
 やっぱり待ってた方がよかったと気持ちが加速を速めると、止まらない。
 二年、は長い。その間押し込められてきた想いが、急速に動き出した。
 会いたい、とただ呪文のように心が叫ぶ。それに応えるように、足もまた急ぐ。


 家は暗かった。インターホンを押してみたり、家の周りをぐるりと見て回ったが人のいる気配はない。
「なんだよっ……しょーがね、電話ボックスあったっけかなぁ」
 ぶちぶちとぼやきながらどこか肩の落ちた後ろ姿は、家の前を立ち去った。
 その頃織華は、戻る途中の道を歩いていた。
 ハマナスの花が咲く角の家を曲がると、庭の木の上から自分の部屋の窓がのぞかせる。家の前に誰かがいる様子もない。
 少しの間玄関先で待っていたが、一向に猫の子一匹通る気配はなかった。
「会うなってこと……かな、やっぱ」
 織華は靄のかかった夕焼けを見ていた。


    ……to be continue.

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