『式師戦記 真夜伝』
おまけ番外編
 
 恐怖の三枝一族 その1
 

 変わらない朝、変わらない生活。
 今日も陵ヶ河原《おかがわら》高校の朝の教室は、相変わらず騒がしかった。
「ねーねー真夜!4時間目の玉木先生の数学の宿題やってきた?」
「うそ!そんなのあったっけ!?」
「あったあった。ってやってないの、あんた……」
「あ〜あ。真夜って当たるの実佐子の次じゃなかったっけ?」
「そうよ。だから合ってるかどうか見せ合いっこしようと思ったのに」
 友人の実佐子と晶菜は知らないが、真夜は昨夜も徹夜で仕事だった。
 もうダメとばかりに真夜は机に突っ伏した。
「そうだった〜。すっかり忘れてたわよ、もうっ」
「だから言ったじゃない。昨日言われた時に手にでも書いといた方がいいんじゃないのって」
「咲ぃ〜。ノート貸してぇ!」
 真夜は涙目で縋ったが、あいにく咲は真夜を甘やかさない方針だった。
「やーよ。今からでも自分でや・り・な・さ・い」
 ちろっと横目で真夜を見てから、咲は目を伏せてしまった。
「実佐子ぉ、晶菜ぁ……」
 他の2人に救いの手を求めるが、実佐子と晶菜は真夜の後ろにもう一つの怖い眼差しを見ていた。
「私たちも……パス」
「えー。もうやだー数学なんて嫌いぃ!」
「つべこべ言わずに手を動かしなさい」
「咲のいじわるぅ!」
「いじわるでいいですよーだ」
 泣く泣く真夜は急いでノートと教科書、そしてシャープペンを出して解き始めたが、寝不足と疲れの溜まりきった頭はすぐにオーバーヒートを起こした。
「咲ちゃ〜ん」
「知・ら・な・い。見張ってるからさっさとやるっ」
 月に一度は見るこの光景。穏和かつ冷静沈着な咲が、それを通り越して鬼になる。
 実佐子と晶菜の2人は、巻き込まれないよう自分の席に座ってその光景を見守っていた。


「涼!助けて〜」
「今度はなぁに?」
「油がはねて〜」
 実習で揚げ物をするのに火の前に立っていた友人が、涙目で涼《りょう》を呼んだ。
「揚げ物してるんだから油がはねるのなんて当たり前でしょ!ジャンケンで負けたんだからつべこべ言わないっ」
「だって〜」
「だってもないの。あっツグミ!それは短冊切りだってば!」
「あっそっか。ごめん」
「さっき切り方確認したでしょ。ほらそこ!さぼってないで野菜洗ってよ」
「洗ってるってば。もう涼は実習になると鬼コーチなんだから」
 ここは咲の実姉、三枝涼が通う大学の栄養科。今日は朝から調理実習の真っ最中だった。
「じゃあ、いっただっきま〜す!」
 やっと出来た今日のメニューは、天ぷら定食とデザートの杏仁豆腐。
「うわーやっぱり涼の班のは一番おいしい!」
 調理実習の試食タイムは調理した班ごとに分かれて出来た順に食べるのだが、お互いの班の料理を食べ比べすることも恒例だった。
「そりゃあそうよねぇ。涼が班長してるんだもん」
「鬼コーチにしごかれるんだから当然よ」
「何よ鬼コーチって」
「だって普段は端から見てたら女子校の姫な涼が、調理実習となると鬼軍曹に大変身なんだもん」
「姫とは何よ」
「自覚ナシなんだから、それってイヤミよ」
「他校生にまでファンがいるんだから」
「茶道部の人気美人部長にして、大きな神社の跡取り娘……でなんでこんなとこにいるんだか」
「料理が好きなの。家だって最終的には跡は継ぐけど、それまで料理に携わる仕事がしたいの」
 周りから隠すことのない大きな溜息が聞こえてくる。
「そ・れ・よ・り。留美子、この切り方は何?」
「え……」
 涼の箸には、切り繋がった長ネギが挟まれていた。
「知恵、この天ぷら揚げすぎ」
「え……」
「涼……顔がまた鬼軍そ……」
「ダメよ、料理に手抜きなんて。おいしく食べて貰えるように作らなきゃ」
 涼の右手には拳が高らかと握られていた。
「涼、料理に関しては厳しすぎ」
「もう少しお手柔らかにお願いします……」


 
 

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