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日差しを受けて [『式真』鎮破]
<空木 彩痲さんに捧ぐ>
  
彩痲さんのサイトで1200hit・1234hitを踏んだ記念に捧げます♪


   颯爽と現れラケットを構える姿は、誰よりも眩しかった。

「助っ人?」
「そ。テニス部で今度親善試合があるんだけどさあ。強豪揃いなんだよ今年は。な、試合ん時だけでいいからさ、頼むよ!」
「テニスなんて、自信ないぞ?」
 拝み倒されるが、考える素振りのあと相変わらずの真面目な顔で彼はそう答えた。
「なんだよ、体育の選択種目でやった時十人抜きだったじゃないか」
「だが本格的にやったことはないし」
「おっ固いんだよなぁお前って」
 鳥の巣と名高いざっくばらんな髪を手で鋤きながら、彼の親友は歩いて来た。
「やりゃあいいんだよ。ホントはやりたい奴なんて山ほどいるんだぜ? もったいないって」
「じゃあお前がやれ」
「おっ、いいじゃん。ダブルスっつーんだっけ。最強コンビで優勝だな」
「お前だけ代わりに出ろ」
 あからさまに顔に不機嫌と書いてある。
「なんだよー。面白そうだってのに。なあダブルス戦てないのかよ」
「ある。出来るならやってもらいたいくらいでさ」
「なんせ弱小部だからさぁうちの学校って」
 溜め息まじりにお互いの肩に手を置いて、男泣き寸前である。
 それでも彼は首を縦には振らなかった。
 焦れたのはテニス部のメンバーではなく、本当なら明らかに無関係な鳥の巣頭の彼の親友だ。
「あのなぁ、鎮破。あんまし謙遜すんのも良くないんだぜ? お前のその腕は節穴か」
「川間ぁ、それなんかおかしいだろ」
 不快指数上昇中の肩に辰朗はものともせず腕を置く。
「な? 俺も一緒に出てやるからぁ」
 甘い声出す相方にもなんのその。無視を決め込んで鎮破は静かに立ち上がった。
「悪いが断らせてくれ」
 この真面目な顔で丁重に誘いを断られては、さすがのテニス部員もすごすごと引き下がった。

「いいのかよ。勿体ないっつってんのに」
「お前が出ればいいだろ」
「そうじゃなくてぇ……」
 私はそれを、遠くで偶然見掛けていた。
「あ! 古飾くんだ!」
「男子部の断っちゃったんでしょー? 残念」
「私見てたよ? その場面」
「そういえば彩って一組だっけ。いいなぁ。うっちのクラスなんてダメ男ばっかし。一組なんて古飾くんの他に、川間くんでしょ?」
「確かバスケ部の宮本くんもいるよね? 彩のクラス、一年からパラダイスじゃない」
「まあねぇ。あ、帰っちゃった」
「コラー! 一年生声出しー!」
「はーい!」
 先輩の声で、同級生達はカゴを持ったりしながら散らばっていった。
 彼の名前は古飾鎮破くんといって、クラスNo.1人気だけどちょっとクールで、家が剣道の道場やってるとかもあって剣道部期待のルーキー。
 文化祭では逆ミスコンのクラス代表に選ばれて、みごと準優勝。
 本人はいい顔見せたことないんだけど。
 入学式に見た時からカッコいいなぁなんて思ってたけど、まさに容姿端麗もさることながらスポーツ万能、その上成績優秀で、優しいって感じじゃないしクールだけど、女子の間では学年問わずそこがまたウケていた。
 だからミーハ―なんて言われようが、今度の親善試合の助っ人候補に彼の名前が上がった時には私だって手を上げて喜んだし、断ってるの直接見てたからショックもそれなりにあった。
 だけどこの後、事態は思わぬ展開に転がる。
「頼むよ鎮破ぁ! 中西部長がどうしても連れて来いって」
「よりにもよって一場先輩が怪我しちゃったんだよぉ!」
 二日後のお昼休み、彼は再び男子部に泣き付かれていた。
「一場先輩? って誰よ」
 尋ねたのは彼ではなく、相方の川間くんだった。
「うちのエースだよ。弱小校だけど、一人だけレベルの違う先輩がいるんだけど、昨日ちょっとな」
 男子部で騒いでいた事は知っていた。大丈夫じゃないかと女子部の先輩達は言っていたが……。
 うちの男子部の唯一の頼みの綱がダメだとあって今度は頼む側も必死だ。
「本当にこの通り! 部長の話だけでもさぁ」
「じゃなきゃ俺らが怒られるんだよぉ」
 短い溜め息のあと、すっと立ち上がると泣きべそをすすり上げそうにしているかわいそうな子羊……ではなく同級生の男子達を振り返った。
「その中西先輩と会ってやるよ」
「ホントかよ! 鎮破ぁ恩に着るぜぇ」
「善は急げだ!」
「待てよ、俺も行くって」
 数人の男子のあとに加わった相方と一緒に彼はついていった。
 こうしてみると、男子にも少なからず人望がある。
 普通モテてクールっといえば男子にあまりいい顔されないってのがイメージとしては持っていたけれど。
「──というわけで、練習にも参加してもらうことになった」
「うわぁ!」
 黄色い歓声とどよめきが一気に放課後の、この寒空の下のコートに広がった。
「まずはお手並み拝見させてもらおうか。そうだなぁ、成坂ぁお前軽く試合してみてくれる? 1ゲームマッチ」
 1ゲーム──つまり両者が先攻・後攻を、サーブを一回ずつやる間に、簡単に言えば5ポイント先取した方の勝ちだ。
 成坂先輩は二年生で、男子部の三番手のポジションにいる。
 普通ならいくら上手いとはいえ素人が簡単に勝てないはずないのだが、終わって見ればあっさりと勝ってしまってた。
「ほんっとーっに、素人なのか?」
「そうですが?」
 練習も一息入れている真っ最中、成坂先輩は真面目くさった表情で古飾くんに尋ねていた。
 負けない真面目顔がどうしても涼しげで、同じように休憩中であるのをこれ幸いと見とれていた。
 端正な顔立ちとは彼のような人を指す言葉なのではないだろうか。
「一場の穴を埋めてもらうことになるから、宜しく頼む」
 部長の中西先輩が、深々頭を下げた。
 あれだけの実力があれば十分一場先輩の代わりは務まると思うし、何よりテニスをする彼を見てみたい気持ちが逸る。
 それから三日間、毎日彼は練習に参加した。
 剣道部期待のエースルーキーが、そんなことしてていいのかとも思ったけど、聞いたところによるとその分、家で練習するから許されたとか。
 さすが将来の道場師範。
 次の日曜が楽しみという四日め、ここへ来て思わぬことが起きた。
「中西。そいつ引っ込めろよ」
「一場! お前怪我大丈夫なのか?」
「こんな怪我でへばってられるかよ。それに、一年の素人が俺の後釜じゃあ寝覚めが悪いんだよ」
 まだ、完治はしていないだろうと、みんなが思った。
 むき出しの足には厚く包帯が巻かれいる。
「んな、まだ無理だって! それに下手したらお前また──」
「本人が大丈夫だっつってんだ。悪いな剣道部の一年。そういうことだから帰ってくれよ」
「なっ、お前の代わりじゃなくても戦力になるのに違いはな──」
「うっせぇな。親善試合にいくら上手くてもトウシロウを出せるかよ」
 目付き悪く部長を睨み付ける。
 元々気性の激しいところもあるし、何より負けず嫌いだ。
 古飾くんは軽く会釈してコートを後にした。
 気落ちした、というのは私だけではないだろう。


 試合当日、金網の外で見ていると突然他の同級生の黄色い声が耳を劈いた。
「ねぇ! 一場先輩が出るんじゃなかったの?」
「きゃー!」
 コートに現れたのは、間違いなく真新しい爽やかなウェアを纏った古飾くんだ。
 最初のサービスエース、相手は動くことも出来ず一点を奪われた。
 2本目は辛うじて取ることは出来たが、コントロールをつけるという話しではなかった。
 ようやくスピードや力にどうにか慣れたらしいが、いまいち冴えない。
 聞けばこれでも強豪を支える三本柱の一人らしいけど、彼の前ではそんなことさえ霞んで見える。
 気付けば周りはこちらコールで埋め尽くされていた。
 1セットをなんなく圧勝で勝ち取る。
 2セット目には相手も怒濤の反撃を見せたが、ギリギリのラインでの打ち合いも最後は必ず彼が制した。
 一場先輩は結局、あの後の練習がたたってドクターストップがかかったのだという。
 今日は、来なかった。
 何かを見つけたように、彼はこちらに向かって歩いて来た。
 ドキドキする胸の音が大きくなる。
「……水を、貰えないか?」
 彼の目は、私が持っていた部のドリンクケースに止まっていた。
「あ、はい! これ!」
 と金網越しに投げ渡した。
「ありがとう」
 すぐに向き直って水をいくらか飲むと、コートチェンジしたベンチにペットボトルを置いてコートに入る。
 さっきまでとは明らかに戦い方が違った。
 あれだけ厳しいサーブを打っていたのに、いま打ったサーブは初心者が確実に入るとして教えられる簡単なものだった。
 そしてそれは相手にもゲームをメイクさせる機会を与えてしまう。
 ここぞとばかりに打ちにくい場所めがけて鋭く決める。
 ただし難なく取った姿に次の決めを期待したけど、ちょっと相手からは遠いところを狙うだけで、相手にとっては余裕で取れるボールだった。それも二度三度と繰り返される。
 肩透かしを食らったギャラリーが白け始めた時、空気が一気に変わった。
 さっきまで彼は相手に無理なく取れる範囲の球を打っていたのに、キツい球を打ち始めた。
 相手は強豪、上手く合わせて拾うも段々無理が出て来た。
「ちょっと待ってよ……うっそ……」
 鋭く突き刺さるような球を打つにもかからわずその位置は、半径二メートルくらいの所からはそれ以上一歩たりとも出ていない。
 そればかりか絶妙に回転を変化させて相手を翻弄しているのが球が相手側に落ちた具合で見て取れる。
「自信がないなんて謙遜しやがってさ。ここまでやりゃあ十分皮肉だっつーの」
 自分からそんなに離れていない場所で川間くんが呟いた。
 わっとしたどよめきに目を移すと、相手の打った球がひょろひょろと高く上がっている。
 カウントは40対0。 これを決めれば勝つ。
 最高のタイミングでラケットを持つ手を引いて、もう一方の手で照準を合わせながら高く飛んだ彼は、眩しいと思った瞬間誰もを魅了する完璧なスマッシュを打ち込んだ。
「ゲームセット! ウォンバイ藍聖あいせい学院・古飾!」
「きゃー!」
 主審の後に続いて歓声と黄色い声が飛び交った。気付いた時には一緒になって私も、叫んでいた。
「ナイスプレー!」


 それは、高校時代の話──。


  
  
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