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Moon smile [『式真』玲祈×真夜]
<夕凪 海燕さんから頂きました>
  
クリスマスプレゼントに頂いちゃいました♪
夕凪海燕さん版の『式真』の玲祈×真夜のストーリーだそうです!


 青い空がどこまでも広がっている。所々に雲を散りばめた空は、やがて建物の群衆の間に消えていく。風は気持ちよく、出した声は空へと攫われていった。とても穏やかな日和、日頃鬱屈した人々の思念が沈殿する現代社会の営みを、少し高みから眺めることが出来た。
 公立陵ヶ河原高校の屋上、昼間は生徒がポツリポツリと昼食を摂るのにに利用されており、その中には一女子高生である真夜と、親友の咲の姿もあった。真夜の母特製の弁当を引っ提げて屋上の片隅を占領した二人は、開放的な空間の中で、珍しい話に興じていた。
「でね、その男の子、私にラブレター書いてくれたんだよ。ラブレターよラブレター、もう可愛くって、キュンってなっちゃって。でも結局フッたんだけどね」
 小学三年生の頃よ、と前置きされて始まった咲の恋愛話。それを、真夜は黙々と弁当を摂取することで聞き流していた。心なしか白けているのは、恐らく気のせいではない。
 普段式師とその専属祓い師というもう一つの間柄である二人の話題は、現代社会に出没する影の話題や、それから受ける兇の話が主題となることも多く、特に前線で活躍している真夜は瑠璃玉があるからといって鉄砲玉となって無茶をする事もあり、そのたびに咲から諫めの言葉をもらっている。一式が一星である真夜の実力は充分なものだったが、咲を安心させるにはまだ至っていないようだ。もっとも、戦っている以上安心する一時など、こうして他愛のないお喋りに興じているときくらいだろうが。
 平和な話をするのもいいだろう。こうして屋上で食事するのもいいだろう。しかし。
 それはともかくとして、真夜はいい加減口を挟むべき頃合いかと、小学三年生から小学五年生に時間軸が飛んだ彼女の話に割ってはいる。
「咲ってそんなにモテたっけ? 全然知らなかったー」
 ほぼ棒読みで口を出す真夜の心情を敏感に察した咲は、溜息を一つついてようやく己の恋愛話に終止符を打った。要するに、真夜は恋愛話にさほど興味を抱いていないのだ。
 幼き頃から式師一辺倒の生活をしてきたせいか、いまいち自分の恋愛歴に華が添えられることがない。それは友達の話に合わせることもあるのだが、恐らく真夜は恋愛にはからっきしなのではないだろうか。
 だがそこを敢えて引っかき回す咲である。
「真夜はどうなのよ、なんか心がときめくような、小さい頃の恋とか無いの?」
「ありましぇーん」
 戯けて何の躊躇いもなく恋愛歴を暴露する真夜。怖いものなしである。大抵は、この年頃になったら浮いた話の一つや二つ、転がっているものだが。
 咲は、真夜にはそういう人として経験すべきことを、得てもらいたいと思っていた。咲は知っている。真夜の五歳の頃に受けた傷を。そこから真夜の人生は尋常ならざる道へ進み出したのだ。普段後方から支援する側にいる咲は、せめて真夜にも人並みの幸せを、と願って止まない。
 と、ここで咲は、あ、と声を出して、少しだけ調子を弾ませた。
「玲祈くんとはどうなの? 真夜のこと好きだって言ってるじゃない。年下で、可愛いと思うなぁ」
 すると真夜はあからさまに顔をしかめた。うえ、と吐き気まで演出して。
「げっ、玲祈ぃ? 有り得ない有り得ない。いくらあたしのこと好きだって言ってくれたって、あの玲祈だよ? あたし玲祈のことそんな目で見てないもん」
 一刀両断である。
 一抹の玲祈に対する同情を禁じ得ながらも、咲は尚も追及した。
「玲祈くんのこと、どういう目で見てるの?」
「ドジでバカでお調子者で、弱っちぃやつ」
 救いようのないくらい一刀両断である。これには流石の咲も閉口した。
 真夜からしてみれば、玲祈は戦闘でも高確率でドジる、面倒を見てやらないといけない弟のような存在である。といっても一歳違いなだけだが、彼の場合、性格も相俟って年齢よりさらに幼く見えるのだ。
 家を通して真夜の婿になりたいと申し出ている四式の長男。掟に則って跡目を継ぐ真夜とは違い、跡目を継がないと言い切ったある意味型破り……というか、計画性が無い少年。
 正式に告白された訳ではない、ただそういう話を偶然聞いただけである。だから、いまいち彼が自分を好きだという実感が沸かないのも一つある。顔を合わせるときは、いつも通りのムードメーカーだし。
 真夜は脳内で、玲祈と付き合っているところをシミュレートしてみた。手を繋いでみた。学校帰りにアイスクリーム屋でアイスを食べてみた。映画館にデートに行ってみた。学校の屋上でキスを―――
 強制的に想像ゾーンがシャットアウト状態に。結論は一言、尚更有り得ん。
「玲祈とねぇ……」
 ああ、空はなんて青いんだろう。真夜は大自然の恵みに感動した。思わず箸の手を止めて見上げていると、隣から咲が達観しきった顔で言い聞かせた。
「愛してくれる人がいるって、いいことよ。その人を好きになれるかどうかは、また別の話だけど。想ってくれる人がいるのは、とても貴重なことなんだから。玲祈君のこと、大事にしてあげなよ?」
 それから、と咲は抜け目なく言い添えた。
「今夜も仕事、あるんでしょ? あんまり無茶しないで、気をつけてね、真夜」


 月光の冴え渡る夜だった。少しだけ空気が冷えていて、嫌でも筋肉が収縮する。こんな日は部屋でのんびりと月見でもしながら、学校から出た課題をやりたい。だが現実はそうもいかず、真夜を今日も危険な場所へと駆り立てる。
 誅書によると、道坂の郊外に、兇の気配が溜まっているという。となれば影がいる可能性も高い。今回の依頼は真夜一人ではなくもう一人いる訳だが。
(よりにもよって、玲祈なのよねぇ〜……)
 道坂ともなれば四式の屋敷がある。玲祈と組むことになったのは必然と言えた。端から見れば無茶をやらかす無鉄砲組なだけに、他の式師や守師は心配しているようだが。
 昼間の会話を思い出して、何となく隣にいる玲祈を見やる。肌寒さにも堪えず、暗闇の中に目をこらしていた。周囲は倉庫街で、不気味な程しんと静まりかえっている。
 だが夜間の活動に慣れた二人にしてみれば、どうということのない舞台だ。だからこそ真夜はおどろおどろしい空気に呑み込まれることなく、玲祈の顔を見ていられる。
 自分を好いてくれている人。そう括ると、少しだけだが、見方も変わるように思える。
 だけど、頼りない。やっぱり弟みたいな感覚が、一人の男として見させることを阻む。
 不自然なほどじっと見つめていたらしい、不意に玲祈がこちらを振り向いた。
「どうしたんだ真夜。俺の顔になにかついてる? あ、まさか見とれてた?」
「な訳ないでしょ。バカ言ってないで、さっさと行くわよ」
 ほとんど条件反射に近い言葉で返事をしてしまってから、真夜は奇妙な間を埋めるように先へと歩き出す。後ろから落胆したような、「ひっでぇこと言うなぁ」という情けない声が追い掛けてきたが、真夜は綺麗に無視した。
 並んで歩きながら、倉庫街の奥へ奥へと足を踏み入れる。人の喧噪が取り除かれた、この世の終わりのような風景。自分達以外に誰一人残っていないような錯覚に囚われる。
 周囲に視線を走らせながら、ふと真夜が話を切り出した。本人にしてみれば無意識のうちだったのだが、それは思わぬ花を会話の中に咲かせた。
「ねぇ、あんたってさ」
「うん」
「小さい頃、恋とかした?」
「……ふぇ?」
 気の抜けた玲祈の声を聞いて初めて、真夜は自分がこの場にそぐわない爆弾を投下したことに気づき、内心慌てつつ表面上はさりげなさを装った。相手が玲祈で良かった。これが鎮破だったらと思うと、人生の汚点である。まぁ、玲祈だったからこそつい口をついて出たとも言える。
「あー。今のは忘れて」
 しかし忘れろと言われて忘れられる訳もなく。それが恋の話とあっては、今の彼には捨て置けないことで。玲祈は神妙な顔つきで、チラと真夜を見た。
「真夜は?」
「あたし? 無いよ。仕事するだけで一杯一杯だったもん。そんな暇……無い」
 真夜の顔がフッと陰る。その仕事のために、何度この手を汚しただろう。愛だの恋だの言っている暇なんか無かった。日常では笑いながらも、心の奥ではハッキリと死んでいく者達の姿を覚えている。忘れることなど無い。
 それは玲祈とて同じことだろう。彼は真夜の纏う空気を察したのか、それ以上は踏み込んでこなかった。代わりに自分のことを話題にする。ヤケに明るい口調で。
「俺はずーっと一途に想ってる子がいるよ? いつか結婚したいとも思ってる」
 それが誰のことを指しているのか、真夜は知っている。今更遠回しに言わなくたって。
「そんで、いつかそいつの肩の荷を降ろしてやりたい。そいつが被る血は、全部俺が受け止めてやるんだ。……ただ愛してるだけじゃないぜ?」
 ニッと笑いかけられた真夜は、毒気を抜かれた顔をして、その場に立ち止まった。なんだか、月光の当たり加減のせいか、玲祈の顔が綺麗に映えたのだ。とびっきりの笑顔を見せつけられて、なんだかそれを見ることができた自分は特別なのかもしれない、とか我ながら訳が分からないことを思った。多分、ちょっとだけ混乱している。
 何か言おうとして口を開けた時、先を歩いていた玲祈が振り返って――血相を変えた。
「真夜!」
 分かっている。蓄積された経験が瞬間的に警鐘を鳴らした。この気配、影!
「はぁっ」
 気合いの声一つ、予備動作無しで背後に迫り来る影へ回し蹴りを放つ。向こうは不意打ちだったのだろうが、洗練された技は綺麗に踵から吸い込まれるように影へと直撃した。
 その攻撃を皮切りに、周囲を不定形の闇が蠢き出す。一瞬にして気を引き締めた真夜と玲祈を取り囲むように、闇は具現化し、獣系の影が四体、布陣を敷いて現出した。
「この数……多いわね……!」
「ああ、まったくだ。瑠璃玉が割れなきゃいいけど……」
 背中合わせに鋭く視線を走らせながら、二人は囁き合う。獣系は素早い動きを得意とする。形ならともかく、獣系を四体も相手するとなっては、骨が折れる。
 ジリジリと互いに間合いを図った後……一気に双方動き出した。犬のように飛び跳ねながら地を蹴って向かってくる獣相手に、真夜と玲祈はそれぞれ戦闘体勢を取る。隙を作っては技を繰り出し、攻撃をスレスレで回避する。一進一退の攻防戦が続いた。隙を見て二人で同時に一体ずつ消していく戦法を取る。だが思いの外今夜現れた影は強力だった。
 一体消すことに成功したが、その時には建物の外壁へと追い詰められ、先程の二人の戦法を真似るかのように、一体を玲祈に回して、二体が纏めて真夜に襲いかかった。一体目の攻撃はかろうじて見切ることができたが、二体目の攻撃は、
(防ぎきれない!)
 獣のガッポリと開けた口腔が眼前に迫ってくるのを捉えながら、真夜が苦渋を嘗め、覚悟を決めた――刹那。
 真夜の視界に見慣れた背中が映った。先程まで隣り合わせにあった背中が。今は真夜の前に。
「玲祈!」
 叫んだ時には、玲祈は獣の激しい突進を受けたところだった。そのまま真夜を巻き込んで建物の壁へと叩き付けられる。一瞬息が詰まったが、意識をひっぱたいて覚醒させ、崩れ落ちそうになる玲祈を抱き留めた。玲祈は気絶しておらず、何とか自力で立ち直ってみせたが……頬には酷い裂傷があり、ボタボタと血が伝い落ちていく。少し抉られたようだ。
 真夜だってバカじゃない、庇ってもらったことくらい分かっている。玲祈がいなければ、今頃自分がこうなっていたのだ。感謝の気持ちと、やりきれない怒りがないまぜになって、ついいつもの態度で怒りを飛ばしてしまった。
「なんであたしを庇ったのよ、このバカ!」
 結局はまたドジ踏んでるじゃないの。バカ玲祈。
 背中をドン、と力無く叩くと、玲祈は肩越しに真夜を振り返り、
「だって、好きな女の子の顔に傷なんかつけさせたくないだろ?」
 力強く笑いかけるその表情と言葉に、不覚にも真夜はドキッとさせられて、言葉を失った。いつもはドジを踏んで頼りない彼をフォローするのが自分の役割なのに。今は、彼に優しく包んでもらっている気がした。背中も、なんだか大きく見える。
 そうこうしている内に玲祈はもう前を向き直っていて、再び戦闘態勢を取る。
「よし、行くぞ真夜! 八ツ森、洲播!」
 ここに来てようやく呼び出された小将は、猛然と唸る獣へと飛んでいく。真夜もハッと我に返って自らの小将を呼び出し、再び戦線へと復帰した。
 長期戦に持ち込まれながらも、確実に一体ずつ封じていき、その間真夜は戦闘とは別の心の片隅で、何かモヤモヤしたものと葛藤を続けなければならなかった。
 それでも一式が一星としての力は充分に発揮しているのだから、上出来といえよう。
 そして最後の獣を闇へと葬った時、あれだけ戦闘中は鋭く差し込んでいた月光が、今更ながらに優しく包み込むようなものへと戻った事を感じたのだった。
 まるで、あの大きな背中を見せた、玲祈の力強い笑顔みたいに。


 深夜、寝静まった屋敷の中で、一人湯浴みから出て、洗面所の前に立った真夜がいた。
 あれから急いで玲祈を四式の屋敷に戻し、自分もまた疲れた体を癒すために帰路についたのだが。
 静けさが今は耳に痛い。自分の鼓動を嫌でも意識して、するとまたあのモヤモヤしたものが胸の中に渦巻いてくる。そうすると連鎖的に思い出されるのは、今日の玲祈の一面。
 濡れた髪をタオルで拭いていたら、鏡の中の自分と目があった。思わず硬直してしまう。
 なんだか鏡を通して自分の心の奥を覗くような、そうしちゃいけないような、変な気分。
 あーもう、とわざと視線を逸らしてタオルでゴシゴシと力任せに髪を拭いた。奇妙な羞恥心がモヤモヤした心に付属している。ふと、手を止めた。俯いた唇から洩れるのは、こんな八つ当たりじみた言葉。
「もー……。ちょっと格好いいとか思っちゃったじゃない。玲祈のやつ」
 昼間の咲の言葉を思い出す。
『愛してくれる人がいるって、いいことよ』
 ちょっとは大事にしてあげてもいいかな、なんて、柄にもないことを真夜は思った。

 その日、少女はすこしだけ、愛することを覚える。



おわり


  
  
やっぱり別な人が書いた自分の作品というのは勉強になります。
あんなかっこいい玲祈や恋愛要素入ってる真夜はまだまだ本編では
出てこない予定なので、そんなこともありそうなある日の出来事って
感じで読んでる私も面白かったです!(*^_^*)
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