『小さな伝説』
第1話 鳥を傍らに置く少年
葦を撫でる澄みきった風、心地よい水の音色。
テラセボランは水源近くの山々に囲まれた土地。
「フィビディー! こっちだー!」
鳥をその空でうまく飛び回らせている少年。
「ミケル。ご飯よ」
「はーい!」
ミケルと呼ばれた少年は、フィビディーと一緒に家へと戻っていった。
「本当に早起きね、ミケル」
テーブルに置かれたスープを飲みながら、得意そうにミケルは答えた。
「フィビディーを世界一の鳥にするんだ。だってこいつはフィベデロアの子孫なんだから」
そんな息子を、ミケルの母は誇らしげに微笑んで見ていた。
そんな普通の朝の食卓だった。
違っていたのは、ミケルの父親が朝早くからどこかに呼ばれて出かけていることだけだった。
カンカンカンカンカン
その時、村の酋長の危険を知らせる鐘が鳴った。
「母さん、何?」
「何でしょう……」
ミケルの父親が、ドアを壊さんばかりに開けて帰って来た。
「ミケル! 今すぐ酋長のところへ行くんだ。急げ!」
「え……う、うん。行くぞ、フィビディー」
ミケルには、自分がなぜ酋長のところに行かねばならないのか、さっきの鐘が知らせる危険とはなんなのかわからなかった。
とにかく急いで、塚のたもとにある酋長の家へ向かった。
「酋長!」
「ミケル、今から言うことをよく聞くんだ」
入ってきたミケルの両肩を、大きく堅くい腕がぐっと掴んだ。
そしてそのまま話しが切り出された。
「塚の中の壁画に描かれているものが何かは、知っているな?」
「……はい……英雄デスロスと、フィベデロアです」
酋長はうなずいた。
「ミケル、これからおまえは外が静まるまで、塚に入っているんだ。そしてこれを託す」
「?!」
渡されたのは古文書らしきものだった。
と、外の様子がおかしくなった。
いい天気のまぶしいくらいな空の朝だったはず。
が今はまるで厚雲に覆われた日のように……いや、むしろ見たこともない色をしている。
「酋長……これは何……?」
恐怖を感じ始めたミケルが、そう聞きながら見たのは、酋長の険しい横顔だった。
「塚へ走れ!」
「な、でも……」
「いいから走れ!」
とても強い力で、塚に向かって押し出された。
「いいか、古文書にはこれから起こること、そしてお前の行く手を決める、大きな鍵が示されているだろう。それと、フィビディーを離すな!」
感じたことの強い恐怖と、言い知れぬ不安に、もつれそうな足。
振り返ろうとしたが耐え、涙も必死にこらえて、とにかく塚に転がり込んだ。
光の加減で、赤から青に色が移り変わる羽をバタバタさせているフィビディーを抱きかかえ、塚の奥にうずくまった。
外では、爆音とも何かの泣き声とも、はたまたミケルには世界の終焉を告げるような音がしている。
肩で息をしつつも、フィビディーの、いつもの首を傾けるしぐさに励まされたミケルは、震えた手で古文書を開いてみた。
そこにはこう綴られている
――――ある時、突然村に異変が起きた。空はこの世のものとは思えない色で染まり、大地か森か、それとも人のものなのか分からぬ声がし、時は凍りついていった。
神鳥であるフィベロアはデスロスに告げる。
「テラセボランに生まれし我を使う選人よ。我は力を与えん。故郷を救いたくば、この世の最果てに在りしアラモラへ行くのだ。」
ピローロロロロロ――――――……。
「フィビディー? ん? ……静かになった」
恐る恐る塚から出てみるが、何の音もしない……。
それどころか、あの水のせせらぎの音、木々のこすれる音、自分の歩む音すらしない。
ミケルの心を、これまでにないほどの強い不安と恐怖が襲う。
今度は必死に塚に入る前の道を駆ける。
酋長の家をのぞいても、姿は見れなかった。
朝の人が外に出て来始めているはずの時間にもかかわらず、途中に人の気配も感じられない……。
いくつかの家のドアを叩いてみたが、反応がない。
広場が見えてきて、ミケルの瞳に酋長の姿が映った。
その途端安堵して、涙がこぼれそうになる。
「しゅうっ……ちょう……」
叫んだ声が、その瞬間自分の全神経と共に固まった。
「こんな事って……。酋長!ねぇ!酋―長―!」
氷と化したそれは、もう答えない。
「か、さん……父さん!」
急いで足を家に向け、ひた走った。
もう夢中で何が起こったのか考えることすら、ミケルはできなくなっていた。
「かっ…………」
戻った時には、二人も酋長と同じようになっている。
さらに増す恐怖と孤独感。
息をしているのかさえわからない両親。
「な、なんなの……これ……なんなんだよ!」
ほんの少し前まで動いていた形跡があるのに、ミケルの故郷にはもう、時の動いている者はない。
ピ―――――――――――……!
「フィビディー?」
これまでにないほどの長い鳴き声。さっきまで傍らにいたのに姿がない。
ミケルはあわてて外へ飛び出した。
「フィビディー」
外に出るとすぐ、フィビディーは姿を現したが、様子が変だ。
ピ――――――……!
村の空の高い高いところで旋回している。
「フィビディー! 戻るんだ! こーい!」
声の限り呼ぶが一向に反応がない。
すっかり落ち込んでしまい、下を向いたミケルは自分の手の中の古文書に目をとめた。
「僕、どうすればいいんだろう……。アラモラ……アラモラに行けば何かわかるのかなぁ?」
ピィィィーピピピピピ……
肩にいつもの感じている重みがかかった。
「フィビディー。僕は行かなくちゃいけないのかい?アラモラへ」
見慣れた首を傾ける仕草が、うなずいたように見えた。
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