『小さな伝説』
第6話 見知らぬの味
先ほどまでの印象とは打って変わって、ルシアナは
「騒々しいぞルシアナ。なんだ、もうお前達仲良くなったのか」
「なんだ、おじいちゃんの“カモ”だったの」
「カモ?」
ミケルは二人の会話に何やら妙な言葉を聞いた気がした。
「ミケルは異邦人なんだ」
「イホウジン?」
「他の土地から来た人ってことだよ。あーあ、おじいちゃんに捕まっちゃったらしばらくは放してくれないわね」
手に止まっているフィビディーと一緒に、ミケルは同じように首を傾けた。
「コペルさんがルシアナのおじいさんだったんだ!」
「うん。私に長い名前を付けた張本人よ」
フンと鼻を鳴らして、コペル翁はしかめたように目を細めた。
「いい名前を付けてやった名付け親だぞ、ワシは」
ルシアナも久しぶりに訪れたとあって、その日は夕食をともにすることになった。
「なに? 『ドアルのお伽歌』に似た歌だと?」
食事の手を止めて、シワだらけの老人は孫娘に問い返した。
「そうなの。私もビックリしちゃったんだけど、おじいちゃんの方がそういうの好きでしょ? だから、急いで走って連れて来たの」
ルシアナはまるでご機嫌に得意気になっていた。
その隣りのミケルはと言うと、どうも食べ慣れない味に戸惑い、ルシアナの方をちらりと盗み見るが、彼女は至って輝かしいほど満足そうに食べている。
食べたことのない料理でもあるからか、ここではそういう味付けが慣習なのか。
「おいミケル。お前さん試しに歌ってみろ」
料理の味に戸惑っている最中、ふいにそんなことを振られてさらにミケルはうろたえた。
「……ぼ、僕そんなに歌上手くないし」
「アラ、さっき一緒に歌ったけど、上手だったわよ?」
いまのミケルの気分は露と知らず、ルシアナはとどめの言葉で追い討ちをかけた。
コペルじいさんもミケルを
どやした。
「ウマいヘタはいいからとにかく歌えと言っとる」
と、さらに煽る始末。主人のピンチを見兼ねたか、それとも気分かは分からないが、梁に止まっていたフィビディーがコペル翁目掛けて急降下した。
「なんだ鳥の分際で! わっ! コラっ…やめろフェブェデェー!」
「おじいちゃんたらなまってるよ。『フィビディー』だってば。おじいちゃんがあんまり無理やり歌わせようとするから、フィビディーが止めようとしたのよ、きっと」
ねっ、と笑むルシアナが差し出す手に、フィビディーはすんなりと止まった。
「ルシアナのこと、気に入ったんだよ」
「ふふっ。私もフィビディーのこと気に入ったわ」
今度はフィビディーに聞かせるように、人差し指でテンポを取りながら小さく歌い出した。
しかもそれはけして、『ドアルのお伽《とぎ》歌』ではなかった。
そう、あのミケルが歌ってみせた歌。
──風は吐息 星は瞳 神の創りし世界
光は闇 共に棲む
奇跡を生み悲しみを飲み込む その地の名は「アラモラ」…………──
「アラモラ……?」
──…………懐かしき地 その方向は日出る眩しさより夜の闇へ
全てはそこへ 全てはそこより…………
…………眩きそれは 時遥か超え 彼者をまた導かん
時が眠りより 目覚めを迎えるまで 慈愛の手をここへ──
「これよ、おじいちゃん」
「アラモラ……アラモラ……」
ルシアナが目を輝かせてコペル翁を見ていたが、ルシアナの祖父はなぜか『アラモラ』という言葉だけを繰り返し呟いていた。
「おじいちゃん?どうしたの?」
ルシアナが声を掛けてもまだボソボソと言っていた。
そんなコペル翁を見ていたミケルは、コペル翁が何かを知っているように思えて来た。
「コペルさん! もしかしたら『アラモラ』のこと、何か知っているんですか?!」
勢いよく立ち上がってミケルが言うと、コペルじいさんは我に返った。
「……ん゛ー、聞いたことがあるんじゃが、なんだったか思い出せん」
「本当ですか?! どんなこと?」
「思い出せんもんは思い出せん。ルシアナ、後片付けは頼むぞ。ワシはもう寝る。ミケルはルシアナを送って行ってやれ」
それだけ言うと、コペルじいさんはさっさと自分の寝床に潜ってしまった。
「じゃあまたね、ミケル。送ってくれてありがとう」
「うん」
「今度はウチにも遊びにおいでなさいな」
「はい、ありがとうございます」
ルシアナを家まで送り届けて、来た道をミケルはフィビディーと駆け戻る。
「ルシアナのお母さん、僕の母さんみたいだったなぁ……。ね、フィビディー」
それでもフィビディーはいつも通り首を傾げるように、寂しげに笑うミケルを見ていた。
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