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『小さな伝説』

 
      第5話 不思議な言霊
      

 ミケルとフィビディーは、目の前の広場を抜け町を抜け、谷底にあるこのドアルでは比較的高さのある丘まで駆けて来た。
「うわーぁ! 本当にすごいやフィビディー! ここなら稽古ができるぞ。いけー!」
 ピローロロロ――……!
 フィビディーは勢いよく、この谷の大いなる空へと飛び上がり、高い所で旋回を繰り返した。
 近くの階段の縁(へり)に腰を掛け、ミケルはしばらくその様子を見上げていた。
 なんだか頭の中が、整理の着かない洋服ダンスのような、そんな混乱の渦が巻いていた。
 嬉しくて飛び出してきたけれど、よくよく考えれば考えるほど、渦は巻く勢いをました。
 ふいに気がつくと、フィビディーが脇を掠め飛んだ。
 フィビディーを振り返った時、ミケルの耳に歌声が聞こえた。
 静かで優しいその歌に、なぜかどこか懐かしい思いを誘われる。
 ミケルはおもむろにフィビディーが飛んでいった方向に歩き始めた。
 
「全てはそこへ 全てはそこより 神が呼びしは我の名……──」
「え?!」
 聞いた瞬間、ミケルは思い出した。
 この歌は、もっと小さな頃に母が歌ってくれた、あの歌の最後の部分ではなかっただろうか。
 しかしその声は、母よりもずっとずっと幼い、自分と同じくらいの女の子だった。

 ──全てはそこへ 全てはそこより 神が呼びしは我の名
 それは神なる時代 母なる銀河の渦より
 我たる光は生み落とされた
 父なる闇を 我は照らす 眩きそれは 時遥か越え
 彼者(かのもの)をまた導かん
 時が眠りより 目覚めを迎えるまで
 慈愛の手をここへ――
 
「あの歌だけど、……歌詞がちがう?」
 ピローロロロー……
 その少女の手にはフィビディーが乗っている。
「フィビディー!」
 ミケルは思わず、大声でフィビディーを呼んでしまうと、彼女はきょとんとしながらこちらを振り向いた。
「……?」
「あ、僕の鳥なんだ。邪魔しちゃってごめんね。フィビディー、こっちおいで」
 ミケルは慌てて駆け寄って行き、自分の鳥を腕に乗り移らせた。
 フィビディーはあいかわらずピロピロと鳴いては、首を上げたり振ったりしている。
 それを見て少女はほほ笑んだ。
「キレイな鳥だね。フィ……ビ?」
「フィビディー。大切な鳥なんだ。」
 言いながら腕に乗るフィビディーの喉を、指の甲で撫でてやる。
 すると思いだしたように少女の顔を見た。
「ねぇ、それよりさっきの歌は? あぁ、僕ミケル」
「私はルシアナラリアマルシュよ」
「……それ、全部名前?」
 ミケルは目を丸くして、口をあんぐりと開けて問いかけた。
 しかし少女はそれには吹き出してしまった。
「まさか。マルシュは家の名前。呼び方は、ルシアナでもラリアでもどっちでもいいわ。普通は先の方を呼ばれるんだけど」
 クスリと笑って、ルシアナはもう一つ付け足した。
「これはおじいちゃんとおばあちゃんがつけたの。どーしても“ルシアナ”も“ラリア”も両方私の名前に入れたかったみたい」
 言い終えると、両手を大きく広げてヒラリと一回りしてから、組んだ手を胸に当てて、再び歌い始めた。
 
「全てはそこへ 全てはそこより 神が呼びしは我の名……──」 」
「それ! その歌!」
「これはドアルのお伽(とぎ)歌。この歌がどうかしたの?」
「僕の知っている歌に、そっくりなんだ」
「本当に?! どんな歌なの?」
 思い出したばかりのあの歌を、母が歌ってくれたように口ずさみ出した。

 ──風邪……は……吐息 星は……瞳 神の創りし世界
  光は闇 共に棲む 
 奇跡を生み悲しみを飲み込む その地の名は「アラモラ」
 足を初めに着きし地の名 初めに水が落ちし地の名
 翼ある生き物に与えられしは空
 大地に生まれしものに与えられしは土と緑
 空と土との間より 光は生まれ 闇は消ゆる
 懐かしき地 その方向は日出る眩しさより夜の闇へ
 全てはそこへ 全てはそこより 神が呼びしは我の名──

「そ、そのままじゃない、その歌! でも歌詞が違う?」
「うん」
 いつの間にか、二人は階段のところまで来て、縁に腰を下ろしていた。
「へぇ! ねぇ、もう一回歌ってみて」
「え……」
 ミケルは赤くなった。
 なんせ考えてみたら、人前で自分が歌うのは初めてだったからだ。
「いいから早く!」
 コホンと咳払いをするマネをして歌い始めた。
 ──風邪は吐息 星は瞳 神の創りし世界
 光は闇 共に棲む
 奇跡を生み悲しみを飲み込む その地の名は「アラモラ」
 …………懐かしき地 その方向は日出る眩しさより夜の闇へ
 全てはそこへ 全てはそこより 神が呼びしは我の名──
 するとルシアナは重なる部分から一緒に歌い出した。
 ──全てはそこへ 全てはそこより 神が呼びしは我の名
 それは神なる時代
 …………眩きそれは 時遥か超え 彼者をまた導かん
 時が眠りより 目覚めを迎えるまで 慈愛の手をここへ──
 
 ミケルは呆気にとられていた。
「……すごいや、つながった」
 気付くと、フィビディーは羽をばたつかせて二人の周りを飛び回っていた。
「ホントに不思議。ねぇ、おじいちゃんちに行かない? 私のおじいちゃんこういうの好きなんだ。行こう!」
「あーっルシアナぁ! フィビディー、おいで」
 ルシアナはミケルの手を引っ張って走り出した。


      
      
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