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<ソラノネさんから頂いてきました!>
  
夕凪 海燕さんのサイト「ソラノネ」888hit達成記念にフリー配布
されていたオリジナルストーリーをかっさらって参りました!


  そこは一面、不毛な地だった。見渡す限り土が痩せこけていて、木が一本も生えていない。見晴らしという点だけが誉められるべき要素だったが、それ以外は殺風景でここに訪れる意味も価値も見出せない、誰にも気に留められない、そんな場所だった。
 当然、誰も訪れることのない平原――の、はずだったが。奇跡的な事にだだっ広いことだけが取り得の平原の中にポツンと、人がいた。少しボサついた短髪が、冷たくも乾いた風に無造作に弄ばれている。長身痩躯の、青年のようだった。
 脚立の最上段に跨って、何か映写機のような箱形のカメラのレンズを空に向けている。慎重にレンズの向こうを覗き込んでは、時折シャッターらしきボタンを押して、機械から顔を離しては、この大地と同じく大きな空を見つめ、意外と愛嬌のある首を傾げる。変わらないのは、ずっと空を見上げ続けている、それだけ。平原の肌寒さに凍える素振りもなければ、声を発することもなかった。
 端から見て淡々とした、シンプルな構図。不毛な大地と、風と、空と、青年。
 そこへ、青年の背後からエンジン音が近づいてきた。誰も来ることのないこの地にあって、有り得ない現象。寒々しい景色を彩る存在。耳に痛いくらいの静寂の中にあって、それは異音であるはずなのに、当の青年はまるで意に介した様子もなく空を見上げて箱形の機械を動かす作業を続けている。
 やがてエンジン音は青年から十メートル程距離を置いたところで停止した。エンジンの主は所々塗装が剥げかけてメタリックな銀色を晒したスクーター。しかも二人乗りだった。さらにいうなら、どちらもヘルメットを装着していなかった。だがここに交通に関して咎める者などいない。
 スクーターから真っ先に降りてきたのは、サラサラの茶がかったショートヘアに、前髪を二本のヘアピンで留めている少女。高校のセーラー服を着ていることから、女子高生であることが知れる。肩には部活帰りかと思わせるバッグ。片手には白いスーパーの袋をいくつか提げていた。この風景には、どこまでも場違いな存在。
 少女は小走りに駆け寄って、脚立の上に座り込む青年を見上げた。その表情は柔らかい笑顔。どことなく咲き乱れる花の風情。
「涼方(スズカタ)さーん、もう作業始めちゃってんですかぁ〜? ここに来る前に地球側のステーションで食事買って来ましたよーっと。はい、サンドイッチとポカリ」
 軽快な調子で話しかけながら脚立を少しのぼり、ラッピングされたサンドイッチと、500ミリリットルのスポーツ飲料水のペットボトルを青年――涼方の膝に置く。
 それから勢いをつけて飛び降りると、短めのスカートがフワリと舞った。
 だが涼方は可憐な少女の仕草よりも、飛び降りられたことで掛けられた震動に顔をしかめ、そこで初めて空から視線を外して見下ろした。
「唯(ユイ)、お前なぁ……下手な震動をかけるなって何度言ったら……デリケートな作業の邪魔するな、気が散る」
 ブスッとした低い声音にも、少女――唯は顔色一つ変えず、どころか反論した。
「ご飯食べないと余計に気が散りますよ? 空ばっかり見上げてても首が痛くなるし」
「別に慣れた。これが仕事だし。つーかなぁ、地球側で買ってくるなよ、こっちの惑星でも買えるだろ」
「あのですねぇ、こっち側には涼方さんの好きなサンドイッチが何故かないんっすよ。航行たって、ワープジャンプだからすぐだし。こっちだって学校から直に来てるんですからね! 学業と仕事を両立するこっちの身にもなってくださいよー」
 それから「あ」と、唯が声をもらすなり、スクーターの方を振り返って笑いかけた。
「GS−1825さん! 道案内ありがとうございました〜! 次からはもう一人でも平気っすから! あ、帰りもよろしくお願いしますね」
 既にスクーターから降りて直立不動で立ち尽くしているもう一人の乗用者、肌が異様に白い女性に向かって、唯がヒラヒラと手を振る。するとGS−1825と呼ばれた女性は無表情のまま従順に頷いてみせた。
「わかりました、唯様」
 彼女は、ガイノイド――つまりこの惑星の女性型人造人間だ。学習型感情回路が搭載された極めて発展した技術を以て作られた型の自動人形であり、現在は方向音痴でなかなか地理を覚えられない唯の案内役を仰せつかっている、本来は宇宙船を招き入れるプラットホームステーションの係員だ。
 立ち尽くすGS−1825に、唯はもう一度笑いかけると、小さなレジャーシートを敷いて、その場にバッグを放り投げて座り込み、涼方と談話を始めるのだった。
 GS−1825は、ピクリとも動かない。

 時はF.D3422年。地球が他の星と結びついて久しく、晴れて地球の人類もまた宇宙への進出を決めることと相成った。宇宙航行が盛んになり、ワープジャンプ理論と技術が確立されるなり、星と星の交友は一気に進むことになる。もはや宇宙旅行、惑星紀行は夢のものではなくなり、チケットやパスポートを持ち歩くだけで誰でも利用できるものへと進化した。惑星だけでなくスペースコロニーも建設され、人口密度に喘いでいた悩みを一瞬にして解決してしまう時代が訪れた。
 その中でも、いくつかの星では、魔法に属する能力が脈々と受け継がれており、地球もそんな特異な能力者を生み出す星の一つである。といっても、御伽話のように火の攻撃魔法を打ち放つとか、そういうものではない。ものによっては地味で、防衛手段にもならない些細な能力。地球の古き時代に魔師(マシ)と呼ばれた存在が祖となって、現在様々な系譜に分かれており、その発現する力も千差万別である。けれども、それが今、惑星達の統括組織である宇宙連合ステーションでは重宝されている。
 地球を離れた惑星で延々と『仕事』をする涼方と唯もまた、そんな能力者だった。

「で。空の方はどうですか? まだ『虫食い穴』がたくさんありますけど……どうにかなりそうですかね?」
 梅おむすびを食べながら、時々テトラパックのジュースのストローに口をつけて喉を潤す唯。一方、脚立の上で黙々とサンドイッチを食べていた涼方は、うーん、と唸りながら空を見上げた。彼の視線の先には、空がある。
 ミルクを入れたコーヒ(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)ーみたいに青と黒が複(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)雑に混ざり合った空が(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)。
 どこまでも続く不気味な空模様。正確には黒は漆黒の宇宙の闇であり、青の隙間からそれが今にも呑み込まんばかりに覗いているのだった。太陽は出ている。丁度青と宇宙の黒の境目の一つにあって、奇妙な陽射しでこの星を照らし出している。地上にいる上では他の惑星にいるときと同じ感覚でいられるので問題は無い。が、充分空としては異質な光景である。もちろん、本来涼方と唯が属する地球の空は、こんなに不安定ではなく、昼になれば青空が、夜になれば漆黒の空が、太陽の位置に比例して入れ替わる。
 涼方はハムとレタスの挟まったサンドイッチのカケラを頬張ると、空いた両手を払ってから脚立の段の上に置いてあった分厚いファイルを持ってきた。中をめくると、透明な収納スペースのページに、幾つもの空の写真が収まっている。透き通るような青空、早朝のクリスタルクリアの空、正午の太陽の陽射しがまんべんなく降り注ぐ空、午後の少し陽射しがきつくなってきた空、夕方の空、暮色の空、夜空、のみならず、曇天の空まで種類は豊富にあった。逆に言うならば、空以外の写真がそこに無かった。
 端から見れば、どれも同じように見える。そこに面白味は感じられない。
 慎重な眼差しで吟味していた涼方は、そこから一枚青空の写真を抜き取ると、箱形の重そうな機械の後部カバーをまさぐった。開ければそこには既に一枚の写真が収まっており、あらかじめ入っていた写真と新しく抜き取った写真を入れ替えてセットする。
「なんていうのかなぁ……なかなかこれだって思うような空があてはまらなくて……。唯、試しに見てくれるか?」
 箱形のカメラを上空に向けて構え、レンズを覗く涼方に、即座に手厳しい声が。
「やーですよぅ。涼方さん、空(ソラ)師(シ)でしょ? プロの目と素人目じゃ、全然違いますよ。私、空模様とかよく分からないし……」
「素人の視点だからこそ見えてくるものもある」
「なんすか? てきとーにパシャパシャ映せばいいんですか?」
 ヘラヘラ笑って空を見上げる唯に、涼方は半眼を向けて、何か言いたそうにしていたが、最終的には黙殺という方法を取った。カメラを置いて、再び食べる方に専念する。
 そもそも、涼方の持っているカメラは、空を扱う者、空師の能力にしか反応しない。
 先程もこのカメラで、延々と空に『空』を埋めていた。普通のカメラは中のフィルムに転写するのだが、彼の持っているカメラの場合は逆で、特殊フィルムによって現像された写真を入れて空に向けてシャッターを切ることで、歪んだ空の風景に写真の中の空を空間的に転写することができる。
 いわばファイルの中に収められた空の写真は、パレットの絵の具のようなものだった。
 全ての祖となった魔師はオールマイティな属性を帯びていたようで、かろうじて魔師の能力を受け継いだ研究チームが、それぞれの能力に合った道具などを製作している。
 一方唯は植物師という能力者で、主に草花の種や苗木を植えることで、どんな土地にも順応させ成長促進させる能力を持つ。どちらも使い手のセンスが試される力だ。
 なぜこのような力が備わるのかは未だに解明されず、またこういった系統の能力を持つ習性を備えた星は他にもあるので、特に特別視されていない。
 防衛手段にもならない、けれども不思議な力。別に今更驚かれもしない力。
 唯はおむすびを食べながら、取り立てるところのない平原を退屈そうに眺めた。それはまるで自分の仕事に対する感想とも言い換えられるもので。
「クリエイトカウンセラーって、もっと収入が多い職業かと思ってたんですけど、案外楽じゃないっすねー」
「楽で収入が多い仕事なんざ、大抵ろくなもんじゃない」
「それはそうなんすけどー」
「嫌だったらやめればいいし。この仕事が嫌なら地球で他のバイトでもしてろ」
 にべもなく切って捨てられた唯は、情けない顔をして涼方を見上げた。心なしか迷子のような目で。
「冷たいこと言うなぁーもう。誰も嫌だって言ってないじゃないですか。そ、そうそう、博愛の精神で臨む誰一人として不要じゃない大切なお仕事だと思ってますよ。あー、こんな素晴らしい仕事に就けるなんて幸せだな、と」
「ほーんーとーにーぃ?」
 珍しく意地の悪い笑顔で詰問され、唯は内心焦る。別に彼に本心を知られたところでどうなることもないのだが、一応パートナーであるだけに何となく弱みは握られたくない。
「ほ、ほんとほんと」
「………」
「………実は、もうちょっと収入があれがいいのに、と思ってました」
「ふむ」
 納得した頷きを一つして、涼方は元の無表情に戻って食べる。あっさり吐露させられた少女、心の中で涙の白旗を掲げている。彼の眼光は妙に威力があって、ヘビに睨まれるのとはまた別種の緊張感が込み上げてくる。
 田舎から出てきて都会の安いアパートに住んでいる唯としては、少しでも収入が無いと学校を辞めなければならない。仕事に関する交通費は領収書が利くのだが、できれば食事なんかも機関の方で賄ってもらいたいと思っている。
 涼方と唯に共通していることは、いまどき珍しくもない能力者であることと、揃って宇宙総合機関であるクリエイト・カウンセラー・インスティテューション、略してCCIに所属していることだ。二人は、クリエイトカウンセラーと呼ばれている。
 昨今、頽廃した惑星の環境を、能力者達でもう一度再興させ、増加の一途を辿る住人の移住先となるよう支援する機関、それがCCIであり、ピンからキリまで様々な能力者を保有する巨大な組織である。もちろん宇宙規模のため、登録員は星から星の果てまで赴かなければならないし、カウンセリングするからには時間もかかる。だが給料は一介の女子高生がそこらのバイトで稼ぐ金額を遥かに上回るため、若くして学業との両立を図るためにCCIの社員、またはアルバイトとして登録する者も珍しくない。
 唯が給料について欲張るのは、少々お門違いもいいところだった。
 チームの組み合わせは完全に上司の意向であり、定着する場合もあれば、何度も別の相手と組まされる場合もある。もちろん、赴くポイントも全て上司が管理している。
 そして今回涼方と唯が派遣された惑星とは。
 遥か昔に人間が滅亡した、機械だけが淡々と生き残る皮肉な星だった。

「そーいえば涼方さん、私ここに来る途中にスーパーで買ってきましたよ。花の種」
「どうせ買うなら花屋とかにしとけよ……」
「だって宇宙船発進まで時間が無かったんですよ。折角チケット取ったのに、乗り遅れたくないじゃないっすか」
 ちゃっかりした事を述べながら、おむすびを完食した唯がスーパーマーケットの袋を漁って、中から扇状に広げた種入りの袋を見せる。持ちきれない袋が幾つかバラバラと落ちた。どれだけ買ったんだ、という涼方の内心のツッコミは、さらなる指摘に上書きされる。
「ポピー、カスミソウ、パンジー、カンパニュラ、キンセンカ、ナズナ、スイートピー、アサガオ、ヒマワリ、キキョウ、サルビア、コスモス―――」
「ちょっと待った」
 思わず遮ると、唯は笑顔のまま不思議そうに「はい?」と首を傾げた。どこまでも恐ろしい子。よくよく見ると、スーパーの袋の中から、球根も覗いている。スーパーで買った割りにはなんという品揃え。
「なんで、春と夏と秋の花が一緒になってるんだ? カスミソウとかは春だろ、ヒマワリとかは思いっきり夏だろ、コスモスは完全に秋だろ」
「よく知ってますねー! あと、スノードロップもありますよ、見ます?」
「いや見ない見ない。ていうかスノードロップは冬だ、春夏秋冬揃えてどうするよ」
 その指摘に少女はまるで何も考えてません、というようにスーパーの袋に戻しながら、悩む素振りを見せた。十秒考え込んだ後、彼女の出した結論は。
「ほら、下手な鉄砲数打ち当たる戦法で」
「お前は下手か、下手な射手なのか。仮にも植物師だろ? もっとこう……」
 今度は涼方の方が言葉選びに悩む中、唯は満面の笑みで断言した。
「大丈夫っすよ、植物師なら全部の花を一度に咲かせることもできるんですから。これ全部植えて一度に咲かせたら………面白くありません?」
「カオスな風景になりそうだな。―――お前仕事忘れてるだろ」
「あっはー♪」
「『あっはー♪』じゃねぇよ、気持ち悪い。………あ、この卵サンド、キュウリ入ってる。唯、代わりに食って。それと今度からちゃんとキュウリ無しのを選んで買ってこい」
「わがままですね涼方さんは!」
 誰一人人間のいない星で、二人の他愛のない話し声だけが、風に乗って平原に運ばれていく。それは時を越えて、人間がいた頃の時代の片鱗が僅かばかり、甦ってきたような光景だった。

 GS−1825は、スクーターの隣に立ちながら、涼方と唯のやり取りをずっと見つめていた。まるでその仕草一つ一つを目に焼き付けていくように。そこにかつてこの星に生きていた人間の行動を照らし合わせていくように。
 スクーターから数メートル離れたところには、涼方が乗ってきたと思われる二輪車がある。後部には、商売道具の他に、寝泊まりをするための荷物が満載していた。時々地球に戻ることもあるようだが、大抵はここで野営をして過ごしているようだった。
 1349年と17日前、GS−1825はこの世に生産された。学習型感情回路を埋め込まれたGS−1825は、造られてからというもの、この星に生きる人間の営みと生まれた感情をメモリーに記録し続けた。その頃は愛称で呼ばれていた。人間がいなくなってからは、その愛称は使われていない。GS−1825のメモリーの中に封じられた。人間達と笑い合っていた頃の幸せな記憶と共に。
 どこまでも続く青い空と、複雑にして芸術的なまでの人工都市。そこを行き交う人々。空を滑空するマシンと、地上に灯された明かり。たくさんの話し声と物音。機械との共生を実現させた高度文明。
 けれども、それは同時に悲しみを呼んだ。本で読んだことがあったから、もしかしたらこの星の人達も同じところに行き着くのではないかと心配していたことが、的中した。
 読んだ本の内容は、衰退しすぎた世界の未来人が過去の失われた高度文明を知るためにタイムスリップする話。発展した文明はいつか滅びるんだよ、と言い聞かせる物語。
 この星の人間は、機械を使って大地の資源を奪うことを覚えた。人間同士で奪い合って、長い長い戦争が続いた。生み出された機械は兵器として駆り出され、その中には本来戦闘用ではなかったGS−1825も含まれた。彼女は途中から戦闘機能を追加され、人間同士の戦争に使われた。傷つけられても傷つけられても立ち上がる自動人形集団は兵士としての能力を想像以上に発揮する不死の兵団として、皮肉なことに戦争に貢献した。
 たくさん人を殺した。人間の命令するままに、人を殺し、同じ機械までも手に掛けた。
 血を浴び、粉砕した機械の部品を浴び、己もまたパーツを破壊された。それでも使える限り修理されるか新しいパーツを取り付けられて、また戦場へ殺しに行った。
 感情回路をいじる暇は無かったのか、そのままにされた。だから戦争のことは、客観的にだけでなく、感情的にもよく覚えている。どうせなら、感情回路を、メモリーを消去して欲しかったのに。けれど涙は流れなかった。機械だから。
 GS−1825は人間に、そしてそれに仕える殺しの道具と化した機械に絶望した。深い深い悲しみと憎しみを覚えた。戦争を続ける人間の愚かさと醜さと、戦争が始まる前の笑顔で満ち溢れていた人間が同じ生物とは思えなくて。
 そんな人間の手によって造られた機械は、何のために生み出されたのか。何故感情回路をつけられたのか。血濡れた存在に思えて仕方がなかった。
 しかも人間は見かねた他の惑星からの調停の申し出を蹴った。自分達の星の問題に口を挟むなと、厳しく糾弾したのだ。平和への手札を、自ら手放してしまった。
 その結果、大地は不毛と化し空は荒れ、資源は枯渇し、人間は過疎化した。文明として到底やっていけなくなった頃には、もう全てが取り返しのつかないところまできていたので、一部の人間は別の星に移住しようとして、拒絶されたことに失望した星から受け入れを拒否されて困り果てていた。その間にも人間はどんどん消えて無くなっていった。戦争がなし崩しに終わったあとも、唯一高度文明の名残である機械の傍で、死んでいく。
 その様を、GS−1825は無感動に眺めていた。冷めたと言ってもいい。
 そして、今から576年と30日前に、行き場を失った人間は完全に滅びた。
 残された機械は特に何をするでもなく、主を失ったまま、淡々と生きる道を選んだ。不毛の大地をそのままに、仲間の修理をし、戦場から壊れた機械を拾ってきてはエネルギー資源にリサイクルしたり、戦闘能力を取り払って造り直した。それ以外は何もせず、時々外からやってくる別の人間を招き入れるだけの物静かな時代が始まった。
 愚かな人の手によって造られた機械は所詮呪われている。GS−1825はそう思っている。そしてこんな機械を造った人間も、どうしようもない生物だと。
 どこにでもある話。だが、全てを刮目してきたGS−1825の結論は、そこで止まっている。このまま何も考えず、日々の仕事に従事して、機械の寿命が来るその時まで動けばいい。何も創り出さない、何も創り出せない。醜かったこの星の人間と同じ、この場所で朽ち果てるのが、殺戮の象徴である自分達機械に相応しい終わり方なのだろう。
 だから、目の前に現れたクリエイトカウンセラーと称される二人の存在が、GS−1825には理解できない。何かを生み出す行為。GS−1825が知っている人間と同じ。
 でもそれは作り物。ならば、汚れている。人間も、作り物も。みんな。
 それをこの二人は、再興させようという。この悲しみだけが残る星を。
 益々もって理解に苦しむ。

「無駄なのに」
 その呟く声は風に運ばれて作業を再開していた涼方と、少し離れたところでしゃがんで地面に両手を当てていた唯の元へ飛んでいった。唯が顔を上げ、彼女よりまだ近いところにいた涼方は、カメラから顔を離し、半身を捻って振り返った。
「なんか言った? というかずっとそこに直立不動してたのか。座ってれば?」
 だがGS−1825はそんな涼方の言葉を無視して、脚立のそばまで詰め寄った。
 そしてもう一度同じ言葉を突き付ける。無表情に、無感情に。
「無駄だと言っているのです。どのような力をお持ちになられていても、人が作るモノは悲しみを呼び込みます。あってはならないのです、作られたモノが感動を与えることはありません。涼方様のなさっていることも、所詮はつぎはぎのパッチワークでしょう」
 今まで一度も反抗的ではなかったGS−1825の、初めての本音。唯はきょとんとした状態で、作業の手を止め、涼方は対処に困ったように一瞬だけ眉をひそめると、以降は変わらぬ無表情でGS−1825から視線を外した。そして太陽の陽射しの位置によって少しずつ色合いを変えていく空に合わせて、ファイルの写真を開く。
「パッチワークか。そう言われるとこっちは何て言っていいか分からないな。天然じゃないことがそんなに不満か」
 GS−1825は少し間をおいて、忌々しい戦乱の記憶を感情に込める。自分の存在が、この上なく汚らわしくて仕方ない。無表情の中に微かな悲しみを織り交ぜて。
「私達機械は、戦争の兵器として使われました。私達が生み出したものといえば、主たる人間の死体と、仲間の死体」
「ああ、調査書類見た。あんたは戦争の時代を生きたガイノイドだったのか」
 ファイルの中の写真と本物の空を交互に観察しながら、まるで片手間のように会話を繋いでいく涼方。何を言われようとも仕事に対する姿勢を崩さないことの表れにも見える。
「要するに作り物は無価値だと、機械は何かを幸せにすることができないと、そう言いたいわけだ」
「……極論を言われて頂ければ」
 目を伏せて僅かに頭を垂れるGS−1825を、全く見向きもせずに作業を続ける涼方、その姿勢はやはり通常時と変わらず、大雑把なままだった。
 ファイルの中からようやく今の空に合う写真を抜き取り、カメラのカバーを外して中身を取り替える。日照時間に合わせて写真を変えるのは、その方が合わせやすいからだ。
 空へ転写された瞬間、空間的に結びついた『空』は元々あった空と同様、日照に合わせて色を変えるようになる。問題なく空として息づくようになるのだ。
「じゃあお前は、人が描いた画とか縫い物とかも、全部無価値で心を動かすことができないとでもいうのか? ガキが描いたラクガキだって親は喜ぶもんだぜ。手作り料理を作ってもらったら嬉しいし、人の手によって作られた宇宙船は今や人と人の間に欠かせない交通手段として役に立っている。人間は最初、宇宙へ飛び立つ船を夢見て造り始めたんだ」
「……それらは全て詭弁であると判断します。どんな作り物でも、本物には――自然には敵いません。人はすぐに武力へと思考を働かせます。心を動かすことを利用して、画や小説で洗脳教育をほどこそうとします。時に料理には毒が仕込んであることもあるでしょう。ただの宇宙船のみならず戦艦も造られています。人は、そういう生き物です」
「…………。つくづくマイナス方向に考えたなあんたは……。それは言うなら、地球は一度は封じた核兵器をもう一度使ったこともあるくらいだからな、野心がある以上争いは避けられないと思うぞ」
「人って、小さな事ですぐに陰湿ないじめをしたりもしますもんねー。私も小学生の頃いじめられたことあるんすよ。植物師なんて、地味だって。あとは容姿のことでバカにされたり。生き物は簡単に傷つけられるんですよね。……あ、機械だって感情があればもちろん傷つきますよ、GS−1825さんのように」
 唯が土いじりでやや汚れた手を払いながら、ニコリと笑いかける。言われて初めて、GS−1825は自分が傷ついているのだということに気づいて、人工心拍が速くなった。
 同時に、もっと何らかの反論が欲しかったことにも気づき、落胆を覚える。自分の心が長いこと戦争の時点で止まってしまっている。そこへ時を経て現れた、タイプの違う人間と接触したことで、停止した感情回路が疼いているのかもしれない。
 これ以上無駄だと言う気も起こらなくなって、空間的に歪んだ空を見上げてみた。なにをムキになってるんだろう、と唐突に虚しさが込み上げてくる。人間や自分が憎いことに変わりは無いのだけれど、どこかでこの絶望を変えてくれるものがあるんじゃないかと思っている。あって欲しいと思う。でも、そんなものこれから先も―――。
「でもな」
 GS−1825は、青と黒の空から涼方へと視線を移した。何故か歪んだ空が背景にあるのに、風に吹かれているその斜め後ろから見た姿が印象的だった。
「やり直すことはできる。人も機械も。過去に囚われず、過去を教訓にして、全くゼロからという訳にはいかないが、始めることはできる。気分を切り替えられるから、人も機械も何とか人生やっていけるんだ、って考え方もある」
 カメラのファインダーを弄っている涼方に、GS−1825は若干落ち着いた思考回路でもって、尋ねた。半分は諦観混じりに、もう半分は、芽吹き始めた希望混じりに。
「この終わってしまった星も、やり直しが利くと思っているのですか?」
 すると涼方は、肩越しに振り返って見下ろし、
「そのために俺達がいる」
 微かに笑った。
 その笑顔を見た瞬間、GS−1825の心拍数が一瞬だけ跳ね上がったが、GS−1825には、それが何を意味するのか分からなかった。
 無表情のまま戸惑っている間に、唯もまた遠くから手を振り上げて同意している。
「その通りです! だって私達はクリエイトカウンセラーなんですから。私達が創り出したもので、救われる人達がいる。この星にいた人達も、なにも武力に使うためにGS−1825さん達を生み出したんじゃないと思いますよ? だって、初めから武力に使うつもりなら、感情回路なんてつけるはずないじゃないっすか!」
 それから、あの花の如き笑顔を向けた。向けられた者の心をほぐす独特の笑み。
「私達を信じてみてください。きっとこの大地を甦らせてみせますから。作り物だって、創られたものだって、何かを幸せにできるってことを、証明してみせます」
 GS−1825は何も言い返すことが出来ず、ただその奇妙に魅了される笑顔にさらなる動揺を覚えつつ、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。長らく見ていなかった人間の反応、仕草。新しい期待の予感。
 それから唯は植物の種を植えて能力を注ぎ込む作業に、涼方は空に向かってカメラのシャッターを押す作業を黙々と続けた。どこまでも不思議な二人を眺めて、GS−1825は内心で小首を傾げた。人って、こんなに魅力的だったかと。それはメモリーの底に埋もれ掛けている感覚。GS−1825でも掘り出せない深層記憶領域。
 GS−1825はもう一度空を見上げてみた。丁度見つめていた部分の歪みが、涼方が転写した空で修復された。まるで作りかけのパズルみたいな虫食い穴。
 もう一度やり直すことができる。今までの過去を踏み台にして。
 GS−1825は、それこそ不思議な能力でもかけられたみたいに、繰り返しその事を感情回路の中でループさせている。
 いつまでも、いつまでも。


 唯の案内役を外れてから、GS−1825はいつも通りプラットホームステーションの係員に従事した。機械だけが淡々と生活する世界で、最近頻繁に視察に訪問するようになってきた人間の相手をしながら、書類の片づけをしながら、仲間と何の面白味も無い事務的な報告を交わしながら、ただ静かな時を過ごした。
 けれど、あの時二人のクリエイトカウンセラーから得た新しい情報は、GS−1825の感情回路に波紋を投げかけていた。あれから二人の姿は見ていない。時々目を通す名簿に載ることはあったが、それだけだった。
 もう一度やり直すことができる。今までの過去を踏み台にして。
 ループ。ループ。ループ。漠然と、未来がまだ続いているような気がする言葉。
 もしこの星がもう一度再興されたら、増加した人口により行き暮れた人間の移住先の一つになる。GS−1825の好むと好まざるとにかかわらず、またこの地は人で埋め尽くされることだろう。この星に属さない他人と、他の星の空と植物、寄せ集めで作られた星。
 以前とは違う世界になるのだろうか。その中で、この星の生き残りである機械達は、どう振る舞えばいいのだろう。かつて殺戮兵器として戦争の溝を広げた自分達に、何ができるのだろうか。気が付けば、そんなことばかり考えている。
 半年ほど経った時、GS−1825は不意にあの二人がどうなったのか気になり、暇をもらってスクーターを飛ばした。
 やり直せると言った涼方。信じてくれと言った唯。二人は果たしてどうしているだろう。
 しばらく何の面白味のない荒廃した土地が続き―――やがてあの平原が見えてきた。
 半年ぶりの平原が視界に入った瞬間、GS−1825は目を見開き、僅かにスクーターの速度を上げて、さらに近づけた。まさか、たった二人で、こんな事が出来るはずがない。
 そうしてスクーターを止めて平原に立ったGS−1825の目の前に広がるは。
 一面の花畑と、一面のどこまでも壮大な空。雲のたゆたう大きな青が延々と続いている。
 花畑は春をイメージしているのだろうか、黄と白を基調として、時々赤や淡紅などが目立つ。空にあの不気味な歪みは一つもなく、太陽の陽射しが柔らかく降り注いでいた。
 空は星の汚れにより歪み、草一本生えることが無かったはずの平原に、奇跡が起こった。
 いや、これは奇跡なんかじゃない、とGS−1825は思った。戦争を止めてくれる奇跡が訪れることはなかった。それと同じように、これも、あの二人が行動した結果。
 空のカケラも、目の前に広がる花畑も、全部全部他の星から持ってきた寄せ集めのはずなのに。あの忌まわしい人間が創ったものなのに、作り物なのに。

 ―――どうしてこんなにも泣きたくなるのだろう。

 あの二人の姿はそこに無かった。また別の場所にカウンセリングに行ったのか、別の星に向かったのか。でも、確かに涼方と唯の二人の人間は、ここに証明してくれた。
 この美しい景色を見て、救われた者が、ここにいる。
 あれだけ汚らわしいと忌避していた思いが、わだかまりが、たった一瞬で溶けて消えた。
 醜くも美しい人間。何故滅びた人間が自分に感情回路を搭載したのか。それは一緒に感情を分かち合いたかったから。一緒に笑い合いたかったから。作り物にも、人間と同じ力があると信じていたからだ。記憶の中の、幸せだった頃の人間の笑顔が脳裏を掠める。
 この景色が自分に感動をもたらしたように、
 機械も、人を幸せに出来る?
 涙は流せないから、せめて笑おう。GS−1825は、美しいく煌めいている景色の中で、自然と微笑んだ。それは長らく自分の中で眠っていた表情。
 そうだ、笑おう。いつかやってくる人間達を、善も悪もひっくるめて持っている人間達を、心の底から歓迎しよう。作り物でも幸せにすることができるなら、またやり直せるなら、今度はもう戦争を起こさせることのない世界を目指すのだ。感情回路をつけられた自分達だからこそ、人間を止めることができるのだろう。たぶん、あの時、自分達はそうするべきだったのだろうから。
 人間と対等であるために、この感情回路組み込まれたのだと思うから。
「この景色を、メモリーに記録します」
 呟くGS−1825の後ろから、風が吹き抜けて、咲き乱れる花々がさざめいた。
 もう一度やり直すことができる。今までの過去を踏み台にして。
 希望はまだ、ここにある。二人のクリエイトカウンセラーが甦らせた希望が。
 耳を澄ませば、今もどこかで他愛のないやり取りをしているだろうあの二人の声が聞こえてくるような気がした。


  
  
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