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『淡紅の月』

 
《番外編》 星降る聖夜 前編
 

 例年通り、今年も来た。毎年父親より早く届くクリスマスプレゼント。
 高校に入って初めてのクリスマス。外交官で海外にばかり行っている父親の帰りより、クリスマスプレゼントの方が先にこの日本の我が家に着く。しかも、きっかりクリスマスイヴの3日前に届くのが、なぜか月島家の風物詩となっている。
 その中途半端に早いプレゼントを見ながら、受取人の麗子は頬を膨らせてその包みを睨んでいた。
「またプレゼントの方がお父様より先にお帰りですのね」
 その口から漏れたのは、このプレゼントの差出人への嫌味だった。今回で麗子は16回目のクリスマスを迎えるが、麗子が幼かった頃以降プレゼントと一緒に、あるいはプレゼントより先に父親がクリスマスまでに帰って来たためしがない。しかし、忙しくて帰れるどうかか分からない、と先にプレゼントを送っておきながら、きっちりクリスマスイヴには帰ってくるから小憎たらしい。
 一方の母親は、プレゼントを見るや否や夫が帰ってくる日の食卓を飾る料理を、あれよこれよと3日前の今から考えていて、声を掛けても上の空だ。
 そんな状態でキッチンにいる母親をチラリと見て、麗子はすくっと立ち上がった。
「私も早く仕上げてしまおっと」
 届いたプレゼントをリビングに放置したまま、自分の部屋に戻った。
 編みかけのマフラーとおぼしきものが、机のイスに放ってあった。
「あともう少しなのに、まだ終わらないなぁ……」
 つぶやきながら抱え上げられたそれは、完成間近だった。少し広げ見たあと、ひとつの溜め息が零れた。
「俊ちゃん、……喜んでもらえるかなぁ。私にしてみればよく出来てると思うんだけど」
 編みかけのマフラーを取り上げたイスに、そのまま座り込んで続きを編み始めた。単調な作業ではあるが、そのひとつひとつの目を編んでいきだんだん形になっていくことが、なんだか嬉しくてこそばゆい照れが込み上げて来る。
 いつしか顔を微かにほころばせ、いつの間にやら鼻歌までが登場し穏やかなメロディーを奏でていた。


 くしゅん、という小さなくしゃみが、人でごった返したデパートの喧騒にかき消された。
「……誰だ? 人の噂なんかしてんのは」
 鼻をこすりながら品物を物色していた少年は、そんなことを一人ごちていた。
 年に一度、赤と緑がシンボルカラーの一大イベント三日前ということもあって、町も店も人も浮き足だって妙に騒がしい。年頃の赤穂俊一にとっては、何が楽しいんだかと鼻で笑いたいところだが、今日は違った。
 ショーウィンドウからお目当てのものを見つけるが、男一人で入って行くには少々度胸のいる少女趣味な店で中に入るのにずいぶん戸惑った。
「いらっしゃいませー!」
 周りの女子の視線が一気に集まるがそれも一時だけ済み、どうにかこうにか手袋やルームソックスが並ぶ辺りを一通り見た。
「ちっ。やっぱ違うんだよなぁ……」
 これで何軒目だろうか。合う色や形を探し回っても、なかなか納得のいくものは見つからなかった。
 再び町に出て探しさまよう。
 ふと近道を思い出して、路地裏に入って行く。
 かつてはケンカの場だった見慣れたその通りに気が向いて入ったことに、今更ながら後悔を感じた。
「よぉ。右の俊じゃねぇか」
「しばらく見ねぇと思ったが、今ごろ何しに来たんだ」
 忘れるわけもない見慣れた常連のケンカ相手が3人組。あいも変わらずたむろしていた。
「どこにいようが俺の勝手だろ。そこどきな」
「なんだぁ? ケツまくって逃げるのか?」
「体がナマって府抜けになったんじゃねぇの」
「お前らに付き合う暇はねぇんだよ」
 生まれつきの性分が騒ぎ出すが、今は気分じゃなかった。だがそんなにすんなり通してくれる連中ではないわけで、奴等はじりじりと距離を縮めて来た。血気盛んな連中は、一発目から膝蹴りを繰り出した。無論、“卑怯”なんて言葉を頭に置いておくようなのもいないので、ほとんど一斉に襲いかかったようなものだった。
 俊一には造作もなくそれをひらりと躱した。そこまではよかった。
「あぁん?」
 一人が、そそられる音を立てて地面に落ちたものを拾った。
 サイフだ。
「へっ。金入ってんじゃねぇか」
(やべっ)
 躱した時にズボンのポケットから落ちたらしい。しげしげと3人はお互い見交わした。
「ちょうどいい。これはもらっといてやるぜ」
 男達は一目散に駆け出した。
「返せっ!」
 あのサイフには今回の軍資金が全てが入っていた。盗られるわけにはいかない。
「くっそー冗談じゃねぇぞ」

 ある程度の長さまで編んで、麗子はふうっと息をついた。
ニャー……────
 編むのに夢中で、気付かない間に飼い猫が部屋に入って来て、小さくなった毛糸玉にじゃれついていた。
「ミケ、いつの間に部屋に入って来てたの? ダメよぉ、毛糸で遊んじゃ」
 よく見ると、メインの色の毛糸が最後まで足りる量ではなくなっていた。
「……あれ? ちゃんと足りるように買って来たつもりだったんだけど、また買いに行かなきゃだわ。ミケ、お部屋にいてもいいけどイタズラしちゃダメよ?」
 しゃがんで頭を撫でてやると、足にすり寄って来た。抱き上げてベッドに放してやって、麗子は上着を羽織った。
 二階から降りて来ると、台所ではまだ母親がクリスマスの料理に悩んでいた。
「お母様! ちょっと出かけて来るわね。ミケは私のお部屋にいますから」
「あら、気をつけて行って来るのよー」
「はーい」
 外は晴れているものの、暖かい部屋にいたせいでずいぶんと寒く感じた。
 部屋の窓を見上げると、ミケが窓辺に上がって外を見ていた。夏の少し前に飼い始めた時は本当に手のひらに包まる子猫だったのが、今や両手で抱くまで大きくなったことを思った麗子は、一人ほくそ笑んだ。


 麗子がその毛糸を買ったのは、町の中心街の小規模ショッピングモールにある手芸専門店だ。
(やっぱりクリスマス前は混んでるなぁ……)
 どこもかしこも多くはカップル。腕を組んだり、手をつないだり、嬉しそうな顔でたわいない話で笑っては歩いている。そんなカップルとすれ違う度に、麗子は胸が切なくなった。
「いいなぁ……」
 呟きは雑踏にかき消された。
 昔はよく手をつないだりもした。腕を絡ませると照れてぶっきらぼうな口調になったりもしたけど、誕生日とかクリスマスとかプレゼントあげると素直に喜んでくれていた。
 こんなこと言うと怒られるかもしれないけれど、小さい頃はかわいかったと思う。運動会の徒競走で私が転ぶと心配そうに見ていてくれた。男の子にいじめられそうになっても、必ず助けてくれた。
 飼っていた犬のマルが死んだ時も、ピアノの発表会で入賞した時も、誕生日に欲しかったお洋服をもらった時も、一緒に泣いたり笑ったりしてくれた。
 なんだかんだ言って、いつもそばにいてくれるのは、今も昔も変わっていない。
 手はつないでくれなくても、口が乱暴な時があっても、俊ちゃんは私のナイト──だよね。
「えへへ」
「麗子?」
 声に顔を上げると、今の今まで頭の中にいた人物が立っている。
「俊ちゃん。どうしたの?! なんか汚れてる!」
 俊一は自分の格好に目を落として、少しあわてふためいた。
「あ、さっき昔のケンカ相手に会っちまって……さ。久しぶりに暴れちまった。お前はどうしたんだよ」
「うん、今編み物してるんだけど、毛糸が足りなくなっちゃって買いに来たの。俊ちゃんたら、そんな薄着で寒くないの?」
「いんだよ!じゃ、俺はこっちに用があっから。……気をつけて帰れよ」
「うん」
 麗子は悲鳴を上げそうになっていた。もちろん心の中では耳割れんばかりに叫んでいたが、かろうじて声にまでは出さずに済んだ。
「……」
 しばらく後ろ姿を見送ると、溜め息も頬も、幸せ色になっていた。足取りも心なしかスキップのようだ。
「月島さん!やっぱり月島さんだ」
 それはクラスメイトの女子の集団だった。みんなで買い物に来たのか、さりげなくおしゃれしている。
「あら、こんにちは」
「ねぇねぇ。さっき一緒にいたのって赤穂君でしょ? 月島さんて、やっぱり赤穂君と付き合ってるの?」
「えっ!?」と声を出す前に真っ赤になった
 顔を隠すために、麗子は俯いてしまった。これが返って決定打になってしまったらしく、クラスメイト達はやったとばかりに目と口を大きく開けた。
「ホントに付き合ってるの?」
「ねぇねぇ、いつから? 月島さんが告白したの?」
「それとも赤穂君から? なんでもいいから教えてよー」
 砂糖を見つけた蟻、もといスキャンダルを見つけたゴシップ記者よろしく、その場は質問の嵐と化していた。
「え、あの、付き合ってるとかそんなんじゃないわよ。幼馴染みで、仲がいいだけで──」
 だが彼女らはなおも食い下がる。目敏く麗子の抱えている紙袋を追及した。
「それ毛糸だよね? 赤穂君にあげるの?」
「えー、うっそ月島さんやる〜!」
 もう主婦の井戸端会議どころではない騒ぎになっている


 
 
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