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『小さな伝説』

 
    第3話 長い旅の始まり
    

 生まれてから一度も村を出たことのないミケル。
 自分で背負えるだけの荷物の詰まったサックを持ち、彼、いや彼らは歩き出した。
 水源に少し広がった土地にあるテラセボラン。
 ここを出ようとすると、通ったことのない者には分からない、遠大な距離の道を抜けなくてはならない。
 三歩程度足を踏み入れ振り返るが、また歩き出す。
 次に振り返った時は、もう村の影が木立に消えまいかというところだった。
 名残惜しそうな顔で、何かを言いかけたが、そのまま口を閉じてまた前に向きかえった。
 彼らは――と言っても足を使っているのは一人だが――黙々と歩き続けた。
 

  村からどのくらい離れたか分からないぐらい来たところで、一瞬奇妙な感じがした。
 眼や耳ではなく、触覚とまでもいかない五感以外のものに、それは触れた。
 言い表そうとすると、「空気の濃さ」の違うところとでも言うのか、「時間空間の濃さ」の違うところを通った気分だった。
 その辺りを振り返って見てはみるものの、さっきと変わらない森がただ広がっている様にしか見えなかった。
「フィビディー。今何か変な感じがしなかった?」
 傍らの鳥は首を傾げたようなだけだった。
 気のせいかと、ミケルはまた進み始める。
 ミケルが背負っているサック。
 そこには、しばらくの水と食糧、少し厚みを帯びた紙の束、書くための植物の皮で薄く巻いてある炭最後のページに塚の壁にあった文字を全て書いてきた、酋長から預かった古文書。
 あとは山羊と羊の毛を材料に紙すきのように作ったフェルトのマントが入っていた。
 サックの背負い紐の右肩には、フェルトを厚く重ね表面に皮を貼ったものがついている。
 ミケルは、村を出たことがないゆえ、何もわからなかった。
 ミケル自身それを知っていた。
 父や母から自分のいるテラセボランとは違う、異界の地の話を小さい頃から聞いていた。
 だがそれも大人たちでさえ、真偽のほどでは知れなかった。
 テラセボランは他の地と交流を持たない。
 外へも出ないし、人も来ない。
 ただ村人達はこの村とは違う場所もあると言うことだけは知っていた。
 この世界がこのテラセボランのみという考えにだけは、ならなかったのだ。
 幾刻かそうとう歩いた頃、日は暮れていった。
 マントに包まり、ミケルとフィビディーはその夜をしのんだ。
 
 
  翌日、またミケルは歩き続けた。歩いても歩いても、一向に換わらず広がり続ける森。森といっても平面に広がっているわけではなく、起伏も時に激しい。
  そんな森を何日も歩いた末、先に一筋の明かりが見えてきた。
「あ…………森を抜ける…………フィビディー!森を抜けるよ!」
 ミケルは駆け出した。
 フィビディーも勢いよく翼をはばたかせ前のほうに躍り出た。
 だんだんと目の前に光がいっぱいになってきた。
 森が視界から消えた時、フィビディーの姿も見失った。
 現れたのは、大きな大地の溝。
「これが…………谷? あ、フィビディー!」
 一回りしてきたらしい鳥は、彼の右肩に止まった。
 どうやら腹をすかせたらしく、珍しくエサをねだっている。
 しかしただの溝ではない。
 その大地の溝の側面の壁には、所々へばりつくように家のようなものが。
 底にも、村とは比べ物にならない数で点々と固まっている。
「そこにいるのは!?」
 ミケルは驚き振り向いた。
 何日ぶりの人の声か。
「あ、あの…………えっと、その…………あ、ここはどこですか!」
 急だったことと、久しぶりの人の声に、何を行って良いか分からずどもってしまい、やっと言えた一言だった。
「ここか。ここはドアルの谷。ここらの者ではないだろ。名前は」
 村を出て初めて出会った人。
 年はどうやらおじいさんになりかけでだが、何のためにここにいるのかは分からない装いだった。
「ぼくミケルといいます。あ、こっちはフィビディー。あの、あれはドアルの町なんですか?みんな」
「あぁそうだ。旅の途中かなんかかい。小さいのに、それもつれは鳥だけで」
 そうかとミケルは思った。
 こんな子供が鳥しか連れないでこんなところをうろついていたら、どこの大人でも不思議に思うのだと。
「この底にはどうやって降りるんですか? 町にとまれるところはありますか?あと…………」
「そんなにいっぺんに聞かれてもわしも困る。下へ降りるには今わしが上ってきたあの木の階段を下がればいい。わしの家に来なさい。とりあえずはうちでゆっくり聞いてやろう」


    
    
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