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『小さな伝説』

 
     第4話 初めての『町』
     

 大地の大きな溝には、木の杭の階段《フォーズ)というものが底までついていた。
 歩くたび、ぎしぎしと音がする。
「うわぁ……ホントに高い……フィビディー恐くないのか?」
 鳥はいつものように、首を傾げていた。
 降りて行くと、途中あの溝の側面の壁にへばり付くように造られた家の、その軒先を幾つも通った。
 階段は休んだり、螺旋を描いたり、壁を繰り抜いたトンネルをくぐったりしながら、ようやく地面に着く。
 地面手前には、木で組んだ広い台があって、そのあとはちゃんとした段になっているものが、町の中へ半分突っ込んでいた。
 大人が10人縦に重なってもまだ余るくらいの高さに来て、賑やかな屋根並みがはっきりと眼下に広がってきた。
「これが『町』……っていうの?」
「町を見たことがないのか?」
 先を歩く老人は背を向けたままミケルに聞いた。
「こんなにいっぱいの家は初めてです」
 家々に間はなく、ひしめき合いながら建っていて、四方八方を見ても人があふれている。そう聞いていたのが『町』だっだが、今この時まで、こんな風景を想像出来たことはなかった。
 故郷の村から片時と出たことのないミケルには。
 幼い少年の眼は輝いていた。
 自分の家を縦横に2つずつ並べても、尚少し余るような建物。
 歩くところは土ではなく、みな薄っぺらく正方形に切ったような石が敷きのべられている。
 
 
 隙間なく肩を並べた大きな家達と、そこかしこを行き交っている人々を横目に、老人は足早に歩いて行き、中心部の静かな広場の近くの家にミケルを招き入れた。
「ミケルと言ったか。お前さんはどこから来た?何故1人で旅なんぞしている?」
「それは……」
 話していいものか、という少しの不安感と、忌まわしく恐ろしく、そして何よりも悲しいあの出来事を思い胸がいっぱいになり、ミケルは言葉を詰まらせた。
 だが黙っていても仕方がない。
「アラモラ」へ行くと決めたんだ、と自分を励ました。
「ある場所を探して、村を出てきたばかりです」
「父さんや母さんは?」
「……」
「黙って出て来たのか?」
 ミケルはただただ、黙って頭を横に振ることで精一杯だった。
「おまえさんは村から来たと言ったな。崖の上のあそこにいたということは、ナハラか?それともタガーサか?」
 老人の口からは、聞いたことのない土地の名前をミケルは聞いた。
「ナ……ハラに……タガ……サ?」
「なんじゃ違うのか?じゃあトレか」
「……ぼくの村は、テラセボランといいます。ここにたどり着くのに、五日くらいかかったりました」
 その老体は口をぽかんと開け、目を大きく見開いた。
「五日……だと?トレには片道三日かかるが、その先にはそんな名前の村はない。そもそもその先は境目をまたいでいかにゃならんし、その向こうはワーネルという馬鹿でかい町だ……ホントにお前さんはどこから来たんだ?」
 しばし沈黙が満ちる。
 ミケルは窒息しそうなくらい、息を止めてしまっていた。
「境目……ってなんですか……?」
「『境目』も分からんのか。どこの田舎者なんだ?いいか、今いるここドアルやナハラ、タガーサにトレは、カサブラミスの中にある。国だな。だがワーネルはヒラマグと言う国の中の一つの町だ。カサブラミスとヒラマグという、国の間、国境が─―─―」
「国?」
 老人を目を丸々とした。
 そして声高らかに笑い出してしまった。
「ホントに、なんも知れとらん秘境におったんじゃな。よし!お前さんとの知恵比べじゃ」
 ミケルは訳も分からず、ただ椅子に礼儀正しくキチッと座っていることしか出来なかった。
「国さ。町や村なんかがあちこちにあってな、一番大きい町にゃあこの国を統べる『王』というのがいてな?『太公』だったか?」
「スベル? オウ? タイコウ??」
「あぁあ。国を治めてる、まあ管理してるとわしらは言いたいがな、とにかく国の一番偉いらしい奴だ」
「酋長みたいなものかなぁ……」
「なんか言ったか?」
 座った時テーブルに出して来たコップから、老人は温かい飲み物を口にした。
「いえ。それよりフィビディーが……」
 気がつくと頭の上でバサバサ音がしていて、見上げるとフィビディーは、天井すれすれの横木に止まって羽をバタつかせていた。
「きっと、空を飛びたいんだ……。おじいさん、泊まれるところを教えてもらえますか?そうじゃないと今日寝るところが無いんです」
「何を言っとる。知恵勝負はまだついとらんのだ」
「え、でも」
「二階と言っても屋根裏じゃが、部屋が一つ空いとる。お前さんがいつまでこの町にとどまるかは知らんがな」
「あ……いいの……?いいんですか?」
「二度は言わん」
「ありがとうおじいさん!」
「じいさんじゃあねぇ。コペルだ。早くそいつを散歩に出してやれ」
「よ、よろしくお願いします、コペルさん」
 ミケルは一つ緊張気味におじぎをして、フィビディーとともに外に出ていった。
「久しぶりにいいカモが来た」
 老人の口の端が僅かに上がる。


     
     
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