『式師戦記 真夜伝』

 
 第二話 式の運命
 

 式師の家として、証しの玉を守り続ける五つの式一族。
 この千年ばかり、影との戦いが繰り返されている。
 そう、代々自らの手を血で汚して……。
 一式の真夜にも例外なく、その運命は歯車を回した。

 真夜5歳の秋。一式に仕え真夜が“爺や”と呼ぶ、佐伯誠人の父・乙八は、祓い師佐伯の末裔、誠子せいこの婿であった。

 祓い師は、式師などの『祓い』を行う者。 式師は幾つかの『式行』を行う。
 式行により、相手の万霊が式師の周りにまとわり付き、時には心身に何らかの影響を及ぼすという。
 これを式師は祓い師に祓ってもらうのだ。 霊には念があり、霊がもつ念は正と負が存在し、負の念が強ければまがとなって式師を蝕む。
 兇はいずれにせよその者を滅ぼす火種であり、身の内に澱ませていけば心身への影響もまた大きく、兇が大きくなり過ぎるとその者を殺してしまう。
 兇も祓い師が祓うものだが、祓ってもいくらかは残留していってしまうために、祓うのは早ければ早い程よい。
 兇は、『祓い』を行った祓い師、延いては一族にも憑く。

 乙八の妻・誠子は、巨大なものを祓った。
 兇も、それだけ恐ろしく禍々しいものであったため、それは祓った誠子自身を殺し、ついには夫である乙八へと向けられた。
 仕えていた一式家にまで影響が及ぶのを恐れ暇を請い、密かに人知れず命と共に兇の追目を絶つ気でいた。が、真夜の祖父は全てを知り、その請いを退けた。
 そして、後々この一式家を継ぐはずのまだ幼き真夜に、式行によって乙八の命を絶つ、その役目を負わせた。
 乙八・誠子が亡くなって、今年がちょうど十三回忌にあたる。
「咲が一緒に暮らすようになってから、もう、12年になるのか」
 早いなぁ、と真夜は呟く。
「寄ってから帰るって、佐伯さんのお迎え断ったってことは、またアレに会うんでしょ? いつもと同じに」
「うん」
「今回も円茶亀まるさきさん? 」
「違うわ。のオヤジ。なんかこの前会ったら、不思議な感じがした。何回も依頼を受けるのに会ったことあるのに」
 頬杖をついて、真夜は訝しげに考えているようだった。
「不思議な感じ? 」
「どっからどう見たって、人間のはずなんだけど、気配が小将しょうしょうに似たところが少しあるような……」
「小将ねぇ……ね、帰り私もついてっていい? 」
「なんで? 」
「私も見てみたいし。一応真夜専属の祓い師ですから」
 咲は片目を閉じる。

 待ちあわせのちょっとレトロな喫茶店に行くと、彼はもう店の奥、前に会った時と変わらない場所に座っていた。
 まだ平日のこの時間、人はまばらにしか入っていなかった。
「はい、今回のちゅうしょ。朱印が付くなんて、聞いてないわよ」
「それはそれは大変でしたね」
 不満そうな表情でそれを渡す真夜から、その人物はあっさりと物を受け取った。
 誅書―――それは、影を譴責するためのいわば罪状書である。
 式行を行ったのち、表紙に朱墨で朱と書いた印がある時は、式行を行った相手がすでに多大な負の念を持つ者だったことを表す。
 ただの朱印ならまだしも、朱に星が描かれさらに上下線がある時は、比べる者がない程危険であったこと。普通依頼の場合は、誅書は情報屋や仲介屋など依頼者から受け取る。
 依頼ではなく、自らが見つけ手を下す場合、誅書は自分で作成する──。
 やはり、少なからず小将に似た気配を感じずにはいられなかった。
 “小将”を使えるのは五式家か五奉家。
 ではなかったらまたは、陰陽道の者か神道仏門の上人が使う、式神しかいない。
 しかし眼前にいる男からは、微量にしかその様な気配は感じられない。
 気配全体は明らかに人間そのもの。
 見掛けもただの暇したオジンにしか見えない。
「ではまたごひいきに」
「えぇ。今日は立会人がいて、悪かったわね」
「三枝の方にまみえることができて、光栄ですよ」
 男はお守り袋を少し大きくしたようなものをテーブルに残し、帰って行った。
「――うん、確かに少しだけど、その気はあるようね。儀座島ぎざじまの時も、あの人の依頼だったんじゃない? その時は? 」
「普通の見た通りな人物。さ、帰ろ帰ろ! 考えるのは、一時中断。昨日の探すのに2・3日かかったからもう疲れた」



 五つの式一族の中の三式家。
 真夜と咲に接触した是という男は、その三式の分家にあたる丸崎の門をくぐった。
 その形すでに、先程の男とは思えない、まったく別のものに変わっていた。
緯仰いこう様、今回の誅書にございます」
是謳ぜう、ご苦労だった」
 若い青年の声が、闇夜に静かにその者を労ったあと、是という男だった者はまた静かに闇夜に消えていった。



「いいお湯だったわよ。あら卯木うきじゃない」
「咲様もご機嫌麗しく」
「卯木に是オヤジのこと聞いてたの」
 風呂上がりで頭を拭きながら部屋に入って来た咲に一礼したのは、真夜の小将・卯木だった。
 卯木はミニチュア版の人型をしていて、性別が必要なら、たぶん女の部類だろう姿をしている。
「真夜、口がちょっと悪いわよ。オヤジオヤジって」
「気をつけるわよ。それより咲はどう思う?」
「私ども小将は、創造者から力を与えてもらうことによって、姿形を人間に変化することができます。しかしながら、普通の人間ならいざ知らず、式家の者が見分けられない程、気配まで全てすり替えるというのは、よほどの力のある者が創造者、つまり主人でない限りはできないものなのです。そうでなければ、何かしらそれらしいところは必ず残るはず」
鎮破しずはんとこの小将は格段強いわよ? アレでも無理?」
鎖景さかげでも無理です。小将が強いなどではなく、言うなれば創造者がそれを創った時の念にあります。念の力、それがまず左右するのです。しかし今回の場合、人間の気配がしっかりある」
「うん、そう」
 並んで聞いていた卯木の主人と、その専属祓い師の二人は頷き合った。
「私も今日、真夜と是って人に会って来たけど、やっぱり少し……ね」
「あった小将の気配が微量なら、小将本人でないことも有り得ます」
 卯木は顎に手を当てて言った。
「小将ではなく、それを操る者。もしくは深く関わる者」
「それはないわ」
 断言したのは卯木の主人・真夜だ。
「小将持ちなんて、私はいくらでも見てきてる。自分自身も小将を持つ者として、小将本人とそれを扱う者の気配の違いくらい、分かるわよ、卯木」
 左様で、と卯木は手をおおげさに広げた。
「とにかく気になってしょうがないわ、あの気配。これまでは、ホントにあんな感じは受けなかったのに」
 眉間にしわを寄せて、真夜は布団に寝転がっている。
「今度さ、卯木に隠れて探ってもらったら? 気配。目には目を、歯には歯を、小将には小将よ、やっぱり。今のとこ他にいい案ある?」
「ない。卯木、できる?」
 やってみましょう、と声を残して、真夜の小将は煙のように消えていった。


 
 

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