『式師戦記 真夜伝』

 
 第四話 悩みと兄妹
 

 明くる日の放課後、裟摩子と合流してあのレトロな喫茶店を訪れた真夜は、男に詰め寄っていた。
「ちょっと聞いてるの?! のオヤジ! 」
「聞いています」
「真夜」
「何よ、咲」
「コ・ト・バ・ヅ・カ・イ」
「分かってるわよ。とにかくなんで、さっ……二式にあんな『星』なんかつくような誅書がいくわけ?!」
「まだ本性は未確認だったので、二式の方でも大丈夫かと」
「こっちは世代交替時期なの! それは分かってるはずよね?」
「それは重々に」
「裟摩子もなんとか言ってやりなよ!」
「……私が未熟なばかりに」
 裟摩子はその小さな頭を俯かせている。
「もうっ、そういうことじゃないわよ!」
「大事がなくてよろしかった」
「あんたもねぇ……」
 はぁ、と真夜の口から溜め息が漏れた。
 昨夜の疲れがどっと体中を走る。
 一向にらちがあかず、結局是という男は誅書を受け取り、前のようにお守り袋の一回り大きいものを置いていった。数は二つ。
 帰り道、真夜はその一つを振り回して歩いていた。
「こんなんじゃ、詫びにならないってね」
「真夜ちゃん」
「ん?」
「昨日のこと、他の式家・奉家には?」
「私のりきに頼んどいたから、今頃伝わってるはずよ。仂が余計な寄り道してなければ」
「真夜様、やはり」
「えぇ。こないだより気配が強くなってる。まだ少しだけだけど確実に」
「しかし、小将というふうには、まだ断定できる域ではないようす」
「何がですか?」
 卯木と真夜の会話にきょとんとしている裟摩子に、咲が耳打ちする。
「え?! 私はまったく感じなかったですよ?」
「裟摩子ホントに?」
「はい。普通の人間としか思えませんでしたし、気配だって」
「……」
「真夜……」
 咲の呼ぶ声に、黙った真夜は反応しなかった。
 一体これはどういうことか。
 小将自身でさえ、あの微かな気配は感じ取れるものの、その者が同類であるか否かは見定められないでいる。

 他家への遣いに出した仂は、夕飯が済んで部屋へと戻ると、とうに帰って来ていた。
「仂!! またどっか寄り道して来たでしょ?! 遣いに出すと必ずっていうほどしてる」
「風にあたりにちょいと海まで……」
「海岸に行って来たの!」
 いやぁ、と仂は縮こまった。
「外洋まで……」
「はぁ?」
 呆れ果ててしまう。
「それで? 他のはなんて?」
「三年で勢力再生に至り、今回何かのきっかけで期を満たし、這い出て来たのではないかと言うのが、どの式家も一致した見解で」
「処置については?」
「鎮破様・なつめ様が、まずは様子をみて慎重に考えていく方がいい、と」
「鎮破はともかく、棗さんがそう言うならその方がいいわね。昨日のは1人じゃ正直きつかったし。おかげで新しい瑠璃玉に、ひびが入っちゃった」
 当然、と仂は腕を組んだ。
「影百護を一発で仕留めようってのは、無理っつーか無謀っつーかっ……いってぇ〜」
 真夜は小さな仂を、容赦なく指で弾いた。
 勢いづいて飛んでいった仂の体は、部屋の隅に今はカラになっている花瓶に突っ込んだ。


 休日の昼下がり。一式の玄関が開く音がした。
 すぐに真夜の母・果月かつきが、その来訪者を出迎えに廊下を駆けて来るのも聞こえてきた。
「臣彦!お帰りなさい、早かったわねぇ」
「ただ今戻りました」
 真夜の母が笑顔で迎えたその20代前半の青年は、時々薬師くすし修行に出ている真夜の七つ年上の兄・臣彦おみひこだった。
 声を聞き付けて、真夜は部屋から出て来た。
 咲はまた実家に用があって、是と接触した日の帰りから二日ばかり一式家をあけている。
「兄様おかりなさい!」
「……ああ」
 嬉しそうに言った真夜に臣彦はそっけなく答え、自分の部屋として大学に入ってから使うようになった離れへと足早に庭を抜けて行った。
「臣彦ったら、かわいい妹に無愛想ねぇ」
「いいの母様。兄様私のこと、嫌いなんだから……」
「真夜……?」
 寂しげに部屋に戻って行く真夜を見ながら果月は、また頬に片手を当てて溜め息をこぼした。
 浜雛も、その縁側の障子に身を隠しながらそれを見ていた。
 そして真夜を追って部屋に入っていった。
 真夜は部屋の畳に突っ伏していた。
「真夜様……」
「兄様はね、長男でありながら、この私が持つ一式の血の力を一切持って生まれてこなかった。私が全部もらっちゃったみたい。だから父様も兄様じゃなく、私を次の跡目に選んだんだ……けど」
 真夜はあお向けになり、天井を仰いだ手をそのまま顔に下ろした。
「兄様は式師が一の一式に生まれたのに、力も授からないで、妹である私がその力とみんなの期待を取っちゃったから……だから、兄様は私が嫌いなんだよ……」
 嗚咽に近い泣き声のような声が小さく聞こえてきた。
 浜雛だけでなく、心配で卯木と仂までが真夜の周りに出て来ていた。
「何らしくないこと言ってんの真夜!」
 突然、咲が帰って来て部屋の戸を開いた。
「臣彦さん、帰って来たんだって?」
「うん、さっきね……」
「浜雛、もうおば様のところに戻っていいわよ」
 ぺこりとおじぎをして、浜雛は台所へ向かった。
「まったくブラコンじゃないの?」
「もうっ、違うわよ!」
「そんなこと真夜のお兄さんは思ってないわよ。まあ少しくらい嫉妬はあるだろうけど、だからどう接したらいいか分からないんじゃない?」
「ねぇ咲」
「何?」
「慰めてんの、落ち込ませてんの?」
「慰めてるに決まってるでしょ」
 目を見合わせたままになっていたものだから、間を置いて両者とも吹き出した。
「おじいちゃんにも報告しといた。『星』の件」
「こないだので、新品の瑠璃玉がパー。ひび入っちゃった」
 真夜は瑠璃玉を首からはずして咲に放った。
「あとちょっとやばかったら、完全に割れてたわね。真夜、無茶し過ぎ」
「仂にも言われた」
 瑠璃玉るりだまは、式師などが攻撃を受けた際のダメージを吸収し、耐えられないほどの場合最悪粉々に割れ効力を失う。
 今回新品の瑠璃玉にひびが入り、真夜は体力的疲労だけで済んだのだった。


 
 

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