『式師戦記 真夜伝』

 
 第五話 作戦会議?
  

 「逸色せんぱ〜い!」
 『逸色いっしき』とは、式家の名を隠すための表名である。
 しばらくぶりに、真夜は部活に顔を出した。墨の香ばしいようでちょっと鼻に来るような匂いが立ち込める。
 だが真夜も咲にも、その香りは極身近なものだった。一式の家は表名逸色として、表向きは著名な書道家の流派を営んでいた。
 それもあって、真夜は咲とともに書道部に入っていた。部活に使っている教室に入るとすぐ、声を掛けて来る者があった。
「先輩方また二週間くらいぶりですね!」
「家の方が、色々忙しくてね」
「穂坂ちゃん、麓峰ろくほう部長いる?」
「さっき会田先生に呼ばれて。もうすぐ戻ってくると思うんですけど……」
 書道部の後輩・穂坂有子ほさかあこは、部室となっている第二演習室の、真夜たちが入って来たドアを見ていた。
 すると余り経たないうちにそのドアは開く。
「今度のコンクールの話しだった。っと? 真夜たち来てたのか」
「来てちゃ悪いですか? 部長」
 そんなわけないだろ、と麓峰は頬を指で掻いた。
 ついでに顧問から受け取って来たプリントを穂坂に任せ、教室の端の方の席に座り、二人を促した。
 書道部部長・麓峰鶴史ろくほうたずしは、
「仂からだいたいは一昨日聞いたけど、そのあとの動きは?」
 五式家を守るのが役目とも言える五奉家の一つ、六奉家の者である。
「なしよ。鶴史は何か聞いてない?」
「何かあったら、仂に伝えてるよ」
「真夜ったら新しい瑠璃玉にひび入れちゃって」
 咲は机に両手で頬杖をつき、横目で真夜を見ている。
 鶴史は頭をかいた。
「それも仂から聞いた。星に上下が入ってたらどうするつもりだ? せめて麓峰にぐらい知らせてから」
「いいじゃない、一発で仕留めたんだし。まったく、仂のおしゃべり」
「せめて、式家付きの奉家には知らせておくべきだったのよ。おかげで祓うの一苦労だったんだから。そうでなくても──」
 はいはい、と真夜は二人から視線を逸らした。
 教室窓際の何列かの席を使って、先程の穂坂を含めた部員の何人かがコンクールに向けての課題を書いている。
「せっかく来たから、私も少しやろうかなぁ」
 真夜がそう言ってイスから立ち上がった時、彼女の携帯が鳴った。
 その相手は『水拭棗みしきなつめ』となっている。
「もしもし真夜です。棗さん。はい、──それじゃあ1から5まで。じゃあ今からそっちに」
 言って電話を切った。
 咲が二つの鞄を持って、もうドアのところに立っている。
「呼び出しか」
「ごめん、部長、みんな!」
「先輩帰っちゃうんですか〜!?」
「穂坂ちゃんごめん! またね!」
 真夜は戸を閉めながら顔の前に手を立て部室をあとにした。
 廊下を走りながら再び携帯を手に取る。
「あ、佐伯? 私だけど、今から名屋代なやしろに行くことになったから車回して! ……うん、そうそう」
「私はどうする?」
「待ってても帰っててもどっちでもいいわ」
 お互いに前を見て走って行く。

「お嬢様も大変ですね。咲さんなんかもっと大変だ」
「佐伯。それは何よ」
 足も腕も組んで考え込みながら後部座席に座っていたが、ルームミラー越しにその世話役を睨んだ。
 まるでいつかの逆のように。

 オレンジ色になりかけの空の中、五つの式家から五人の若者が集まった。
 そこは三式の屋敷がある名屋代という町、その中心街裏に、三式家ゆかりの茶房『華水庵かすいあん』がある。
 棗の召集の場合、だいたいここが集会の場となっている。
 真夜が佐伯の車を降りて茶房の暖簾をくぐると、一つ久しぶりの顔がそこにいた。
「おっ!真夜!」
「玲祈!久しぶりじゃない」
 いたのは四式の長男、四式玲祈ししきれいき
 式師の力を持って生まれた嫡男であるにもかかわらず、四式を継ぐことを拒んだというなんとも大胆な人物である。
 式家などは異例の事態がないかぎり、代々嫡男、つまり長男が跡目を継いでいるのだから、それを拒むということがどれだけのことか、容易に想像ができる。
「最近こんな集まることなかったからな。瑠璃玉にひび入れたって? 大丈夫なのか?」
「……ノーコメント」
 奥座敷の戸を開けると、三つの顔ぶれがあった。
 一人は細身の肩に三つ編みを一つ垂らした女性、2人めは女子中学生──裟摩子である。
 そして三つめは、ミニマムサイズの……。
「棗さん、裟摩子! と……鎖景さかげ? 鎮破はどうしたのよ」
「鎮破様は講義で遅くなるとのことで、私めが言いつかって参りました」
「鎮破のやつ、なにやってんの!」
「真夜。それより」
「……はい」
 玲祈はとっくに先に三人と並んでいる。
 棗にうながされた真夜は、座って今回のことを詳細に話し始めた。「影だったわ。私あの型嫌いよ。生意気だし」
「俺も嫌だ。あれ気持ち悪いし」
「実はね」
 誅書らしきものを棗は取り出してきたが、何かが違っていた。
「棗さん、それ結書けっしょ?」
「依頼を受けたんだけど、話しによるとこっちも星だと思うわ」
「誰かに取り憑いた影百護ということですか」
 水華庵の女将がたてたお茶を手に包んでいる裟摩子は、相変わらず俯く。
 この間の影の一件以来たびたび見せる。
 前はあんな顔してただろうかと、真夜は考えていた。
「鎮破様も気になる件があり、調べておられます。それらしい話を情報屋からつい最近聞いたとか」
「あれから星自体が出て来ないのはおかしいと思ってた。でもずっと出て来ないのならばその方がいいとも思ってたわ。三年も空白があってから突然こんなに行動を始めて……何が目的なのかしら」
「前は5人全員での全力戦だったからなぁ。あれは大変だった」
「裟摩子あのあとしばらく動けなかったよね。私と玲祈は体のだるさが抜けるのに時間がかかった。棗さんは足にケガして、鎮破は珍しくキレてたっけ」
 四人と小将はしばし黙った。
 ────あの時は最初玲祈に、いや『四式』に誅書の依頼が舞い込んだ。
 玲祈が出張ったのだが、星朱印上下つきのそれこそまれに出る大物だった。
 四式の現当主である、玲祈の母・衿子は他の式家に協力を願い出た。
 真夜の父であり一式を継いでいた判鳴は、五式家の次世代を担う五人と、奉家の者を集めた。
 危険はあるが、まだまだ未熟なこの若い式師達を伸ばすには良い機会と踏み、このギリギリと思われる戦いに五人で挑めと命じた。
 静かに四人のやり取りを見守っていた鎖景が、ピクリとした。
「三年前のあの時以上の敵が出たら、今の力でどの程度で済むか」
「鎮破!」
 最後の一人、五式鎮破ごしきしずはが姿を現わした。
「星の星が出て来たら、を考えておくべきだという話だ」
「そう……私も考えてたの。これからは前以上に危険になるわ。私たちは半日常的にその危険は背負っているけれど、やはりこれまで通りにはいかない」
「真夜。瑠璃玉を見せろ」
 真夜はムッとしながらも、首から下げているその綺麗なまるで宝石のようなガラス玉を出した。
「ケガは? 本当になかったの?」
 棗のそれには頭を大きく振って答えた。
「あのくらいなら、前にも一回だけやったことあるから。それより仂ったら、瑠璃玉のことは黙ってろって言ったのに」
「お前に聞くより、口の軽い仂からの方が正確だ」
「鎮破! 何よその言い方!」
「でも真夜ちゃん何も、一気に倒そうとしなくても……やっぱり私が」
「裟摩子は気にしなくていいの」
「瑠璃玉に頼るほどの負担を甘んじて受けるようなやり方は、下手すれば命取りだな」
 その嫌味とも言える口調の鎮破は、まだ座らずに障子に寄り掛かりながら目を伏せて腕を組んでいたのだが、眼を開け真夜を見据えた。
「私は死ぬつもり、毛頭ないから」
「それでも一式の一の姫か?」
「当然」
 久方振りの召集は、とりあえず今後これまで以上に警戒及び各式家・奉家の連携の強化を強め、星姿現われし場合は迅速かつ確実に処せよということになった。

 星の星は影百護の中枢。
 『百護』の所以がそこにはある。


 
 

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