『式師戦記 真夜伝』

 
 第六話 玲祈のつぶやき
  

「真夜、乗せてってもらって駄目かな?」
 五人は散会し、真夜が廊下へと出ると、玲祈が声を掛けてきた。
「いいわよ。何の用?」
「用があるわけじゃないけど……」
 その時、2人の横を鎮破が追い越した。
 真夜は機嫌が曲がったように、
「んじゃなんなのよ。私お腹が空・い・て・る・の。誰かさんがまた嫌味ったらしいから余計」
 と、通り過ぎた鎮破の背をちらりと見る。
 本人は知らない振りをして玄関に向かった。

  車には咲も待っていた。
「咲! 元気か? 佐伯さんもお久しぶりです!おっじゃっましま〜す」
「こいつも乗せてってやって」
「玲祈くん、暁哉あきやさんは? 迎えに来なかったの?」
「用もないのにこっちに乗せてってくれって。佐伯、道坂みちざかの駅で下ろしちゃっていいわよ」
「真夜お嬢様、また鎮破さんとケンカですか?」
 真夜の機嫌の悪さに気づいた佐伯は、その訳も察していた。
 それはいつものことだからだ。
 真夜はああ言ったものの、佐伯の車は道坂にある四式の家屋敷まで玲祈を送って来た。
「じゃあな、真夜! 咲! 佐伯さん、どうもでした!」
「おやすみ、玲祈くん!」
 咲は窓を開けて手を振ったが、真夜はずっとイライラしていて、そっぽをむいたままだ。
「ねぇ真夜、いい加減機嫌直しなさいよ」
「またこんなことだろうと思って、咲さんとあんみつ買ってきたんですよ?」
 咲は助手席から袋を取った。
「お腹空いてるでしょ? 佐伯さんが近くに甘み処見つけて。速見灘はやみなだまではまだ時間あるし、食べよ!」
「佐伯、咲、ありがとう。愛してる〜」
「“愛してる〜”はいいってば。こぼすよ」
 苛立ち時には甘い物。
 真夜の機嫌も、二人からの心遣いで和らいだ。
 笑い声が絶えないまま、真夜達は家に帰り着いた。
 外はもう、すでに真っ暗闇で、月がけっこう高いところまで上っていた。
「ただいま帰りました。佐伯、ありがとね。早く帰って夕美さんにあんみつのおみやげ食べさせてあげて」
「あ、おば様、おじい様。遅くなりました」
 母の果月と、真夜の祖父・禾右衛門のぎえもんが玄関先まで出迎えに出て来た。
 隠居の身となり、年を優に重ねてはいるが、その威厳の圧力感は未だ放たれたままでいる。
「御前様、果月様、今日は私はこれで」
「佐伯、ご苦労だったな」
「おじい様、あんみつ! 佐伯から」
 真夜は袋を果月に手渡した。
「あら、誠人くん悪いわね。夕美ちゃんの分はあるの? 今は一番大事な時だから、大変な時はすぐ連絡するように夕美ちゃんに言っておいてあげて。私が飛んでいってお世話するから」
「とんでもないです、果月様にそんな」
「いいのよ、遠慮しなくて」
「それでは失礼します」
 佐伯は身重の妻・夕美の待つ自宅へと帰っていった。

 真夜は奥座敷にて、現当主・父判鳴と祖父禾右衞門を前にし、協議の報告をする。張り詰めた空気には慣れたが、二人を前にした威圧感は未だに緊張を誘った。
「まだ星の目的や全体の動向が、はっきりと見えてきてない今は、これまで以上の警戒と各家の連携を強化、早急な下しを……そういうことになりました」
「うむ。判鳴、お前は何か掴んではないのか? この間も四式の衿子さんから何かあったんじゃないのか?」
「いえ。それはまた別の」
「四式のおば様?」
「とにかく。くれぐれも気をぬかずに事を運べ。いいな」
 はい、と真夜は父の言葉に腑に落ちない気持ちを抱きながらも、小さな返事を返しその場を出た。
「して、なんの話しだ? 真夜がいては話せぬようじゃな」
「四式の小倅こせがれが跡目を継ぐのを拒んだことは、父上の耳にも入っておられるはず」
「玲祈か」
「……真夜の伴侶に、と申しておるそうです」
 細めていた眼を開いた禾右衞門は、下顎のその長いひげを撫でた。
「まったく大胆なやつじゃの。一式の次期跡継ぎの伴侶としては願ってもない相手ではある。……しかし最後は真夜自身が決めねばならん」
「私もそこが」
 当主を引退し、今は隠居をしている者。それを引き継いだ者。
 両者の後ろで、証しの玉は静かな光を放っていた。


 一方、四式家の家に帰った玲祈は、玄関で一人ぼやいていた。
「……真夜んちのオヤジさんにあいさつしに行こうと思ったけど……真夜に言う前に行くと、あいつ絶対怒るしなあ」
 靴を脱ごうとしている玲祈の背後に、誰かがひたひたと近付いて来た。
「当たり前ですよ、玲祈様」
「あー、暁哉ただいま」
「また一式のお嬢様に送ってもらいましたね? まったく、連絡がないと思っていましたら」
 振り返ると、玲祈の身の回りを世話している川間暁哉かわまあきやは、呆れとも言えるほど眉をひそめている。
 彼は祓い師川間一族の1人で、修行の身として姉弟で四式に仕えている。
「いいじゃねぇかこんくらい。俺は、絶対あいつの婿にもらってもらうんだ」
「それは玲祈様の勝手ですが、一式の方々にまでご迷惑をおかけして、まだこれ以上ご自分の勝手な振る舞いを上塗りするおつもりですか? だいたい名屋代からこの道坂まで約20分。それから一式家の速見灘では引き返す形に」
「はいはいはい、分かったからもう」
「玲祈様!」
 これ以上小言を喰らう前にと、そそくさと玲祈は部屋へと入って行った。
 こちらの世話係はやれやれとばかりに腰に手を当て息をついた。


 
 

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