『式師戦記 真夜伝』
第七話 変な男?円茶亀
次の朝、小さな物音で早めに目が覚めた真夜は、卯木が出て来ているのに気がついた。
「……卯木? 何かした?」
「御前様が……」
卯木から渡されたそれを裏返して見ると、裏書きに『円茶亀』と書かれていた。
真夜を起こさないようにと、禾右衞門がこっそり卯木に手渡したのだが。
またあの夢の幻につかまっていたせいで、眠りが浅かったのだ。
明け方の静まりかえったままの一式本屋敷。
暁の静寂の中、真夜はふとんに仰向けでその書状を見つめたあと、ゆっくりそれを開き始めた。
『我星の情報、誅書・結書とともに入手せり。しからば某日夕暮時、カフェ・アンジェリクにて受け渡し候う』
「またぁ? ……もう、少しくらい……やすませ……て…………」
それを枕元に投げ出し、また一眠りつこうとする。
あのレトロな喫茶店とは違い、ちょっと気のきいた感じのカフェ・アンジェリク。
その男は全面ガラス張りの窓際で、いつも先に来て待ち構えている。
今日もまた予想を裏切らず、おまけにシフォンケーキにアイスコーヒーを添え、すでに食べかけていたという有様だった。
「やーやー! ご機嫌麗しきオヒメサマ」
「相変わらず騒がしいわよ」
「そんなむっつりしてると、せっかくの顔が崩れちまう」
円茶亀というこの男。
毎回こじゃれたTシャツやら作業着もどきのズボンをだぼだぼに着こなし、ツリガネ草をひっくり返したような帽子を、表情がうかがえないくらい深くかぶり、未だにどういう人相をしているかさえ掴めていない。
そればかりか、どこのどういう者で、職種が情報屋なのか仲介屋なのかそうじゃないのかも、いまいちはっきり明かされない、何とも奇妙で謎多き人物だった。
「星について……と、誅書・結書。受け取りに来たわよ」
「じゃあまずはブツを先に」
口もとでニコリとして、どこからどう見ても見た目菓子折りとしか思えないそれを出して来た。
「はい、プレゼント! 二つ・三つは入ってるよ」
「その『二つ・三つは』、ってどういうこと?」
「いやぁはっきり言うと怒られそうだからさぁ」
「中身は?」
こちら側はアイスレモンティーと、フルーツタルトを一つ頼んだ。
「赤が獣に影、形……白は家」
「家?!」
「家、だね。いろんな筋から同時期に来たものだ。他には数件雲行きが怪しいとか。最近は影系が威勢がいいらしいね」
「他家には?」
「二には白の軽いやつを一件だけ。三は何か先に引き受けたらしいからやらなかった。四には赤二つ、五には雲行きが一番怪しいとこの情報をあげた、かな」
指を一本一本立てながら話している円茶亀とは、違う方向を見つめ、ストローをくわえて真夜は今にも唸りそうなだった。
赤は誅書、白は結書のことで、表向きにはこう口に出すことがある。
「お疲れぇ? まぁ年頃のお嬢さんにはきついだろうが、ガマンガマンさ」
「あっさり言わないで」
「はは。あ、そうだ一番大事な情報が」
『浮き足だったこの一連の動きにはどうやら頭の状況に何かあったらしい』
という話がどこからともなく出て来た、と男は言って真夜の分までさっと笑いながら伝票を持って行ってしまった。
「まぁたあいつにおごってもらっちゃった……」
嫌そうに言いながらも、すでに頭の中にはもらった情報のことしか詰まっていない。
「もしもし?」
「あぁ、玲祈? あんたも円茶亀から赤二つよこされたって?」
帰り道、真夜は玲祈に電話をかけた。
その目は受け取ったばかりの菓子折りに止まっている。
「ん? あーそう、二つ」
「その片方って、もしかして『屋良川』って名前じゃない?」
「屋良川? え──っと……。あぁなんかそうっぽい」
ちょっと待ってよ、と思わず苛ついた口調で口から漏れた。
え、と玲祈が問い返す。
「もしやと思って電話して正解。玲祈、この仕事、私たち組まされたのよ」
「えぇ?! マジに……?」
電話の向こうが、言葉を言い終わる前に真夜はそれを切った。
適当なベンチを見つけて座り、受け取った物を開けようとしたが、叫びたい気持ちと一緒にそれを辛うじて飲み込んだ。
そしてまた携帯を手にする。
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