『式師戦記 真夜伝』

 
 第九話 その背中が……
  

「しっ……鎮破?!」
「鎖景っ!」
 それだけで敵を封じてしまいそうな、そのくらい威圧を含んだ声。
 怒声のような、それでいてなぜか冷静なような。
 呼ばれ現れた小将は逆に、迫り来る獣に向かって行った。
 獣の周りを、鎮破から送られる力の帯を播きながら飛んでいる。
「一瞬の迷いが命取りになる」
「迷いじゃないわよ。けど、『束縛』してくれて助かった」
「俺はこいつだけだ。残りは知らん」
「上等」
 二人は左右に分かれ、切り返し標的へと手を伸ばす。
 ──メッスルベシ メッスルベシ……。
「成敗!」
 なぎ払われた手によって、切り裂かれた影はまた、闇へと戻っていった。
 有無を言わせない空気を纏いながら、見据えて鎮破は真夜の胸元の、瑠璃玉をさげていたはずの紐をとった。
「なぜ換えなかった」
 咎める青年に、真夜はいたって静かに答えた。
「換える換えなかったがつながったわけじゃないわ。ただ少し、考えちゃってただけよ」
「考え?」
「それより鎮破こそ、何してんのよ」
 覗き込んだ眼鏡の奥、その瞳がふいに顔とともに向きを変えた。
「大学生は忙しいんじゃなかったの?」
「あぁ……そこらでふらふらしている女子高生よりはな」
 またその嫌味な口調が、少女を腹立たせた。
「ふらふらしてって何よ! 私は目的があってうろついてたの。それで偶然……」
「なんだ?」
 ふと考え込む真夜を、鎮破は怪訝そうな視線を眼鏡の奥から送っていた。
 少しの間のあと、真夜は口を開いた。
「鎮破……影の声聞こえた?」
「『滅するべし』か」
「ちゃんと普通に聞こえたんだ………」
「……」
 またふいに真夜が振り返った。
「そういえば、円茶亀から一番怪しいとこの情報もらったって? 何か掴んだの?」
「まだだ」
 言って鎮破は踵を返し歩き始めた。
「獣の誅書はこっちで作っておく。甘ちゃんに付き合って無駄な時間を使ったな」
「何よ、それ」
 答えず青年は、振り向かないまま去って行った。
「何よ、鎮破のやつ」


 小さな溜め息をする背中を、小さな人型は黙って眺めていた。
 その背中は依然として机に向いたまま人型を振り返らない。
「……鎖景」
「はい」
「至急一式以外の三家と全奉家で、何か情報が入っていないか探って来てもらえるか。どんな些細なことでも構わない」
「分かりまして」
 鎖景はそう言って、さっとどこかに消えていった。
「銘景」
「はい」
 するとまた、まるで生き写しのような、しかし色合いが正反対の装いをした小さな別の人型が出てきた。
 呼び声の主は、今度はこちらを振り返る。
「一式に行き、真夜に気付かれぬようあいつを見張っていろ」
「……御心配でいらっしゃるのですね」
「行け」
「分かりまして」
 またまた小さな別の人型は、どこかに消えていった。
「『普通に聞こえたんだ』……か」


 
 

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