『式師戦記 真夜伝』

 
 第十話 ナツヤスミ
  

 ある山奥の古民家。その裏手に母屋とは打って変わってモダンな雰囲気の工房があった。
 真夜はそこを訪ね、中を覗いたのだが、
「守名さんいますか〜?」
 返事はない。
 大きく息を吸って、また声を掛けてみた。
「仁ちゃんいます〜?!」
「コラコラ。『仁ちゃん』はやめときなさい」
 おもしろ半分の呼び声に、裏手の林からきのこを持って姿を現した者がいた。
「じゃあ何で普通に呼んでも現れないんですか?」
小春うららがお腹空いたとうるさいから、裏の林できのこをね」
「小春が?」
 真夜はきょとんとしながら母屋の方に視線をやった。
「さっき母屋覗いたら、おとなしくお昼寝してたみたいだったけど……」
「おっかしいなぁ。あぁ! それよりここに来たってことは、まただね?」
 工房へ入りながら仁は、苦笑する真夜をくしゃくしゃと撫でる。
「せっかくの新品パーにしちゃった。久方振りの本星を一気倒ししちゃって」
「本星? やっぱり動き出したか」
「何か聞いてたの?」
濱甲はまかつ君から」
「はまさん、来たんだ」
「たまにお茶飲みにさ」
 八奉濱甲はっぽうはまかつ。察しの通り奉家の者であるのだが……。
千賀矢ちかやちゃんだっけか。学生結婚なんて彼女が大変じゃない。しかも私と同い年くらいだったよね?」
「そうそう。まだ高校生」
 母屋の土間に仁が踏み込むと、入ってすぐのところに大きなドラムバックやリュックなど、いくつかの荷物が置いてあった。
 その横で、犬の小春がすやすやと寝ている。
「……何日泊まる準備?」
「瑠璃玉が出来るまでいるつもりだけど? そろそろ『成りし瑠璃』を、って父様が。ちょうど夏休みに入ったことだし。あ、あとから咲もくるから」
 そう言って真夜は荷物を運び始めた。
 仁もしょうがないなぁといった様子で、ドラムバックの方を手に取った。
 土間から座敷へ上がろうとした時、ワンと鳴く声がした。
 この時期の暑さをしのぐため、土間のひんやりとしていた床に、腹をつけ寝ていた小春が目を覚ましたのだ。
「小春!」
 真夜を見るなり土間から這い上がって飛びついて来た。
 中型犬で毛並みがフサフサして、嬉しそうに大きなシッポを振り回している。
「ほうら小春。きのこ取って来てやったぞ」
 きのこは仁の目の高さくらいにぶら下げている。
 またワンと一つ鳴いて、小春はきちんと座り直した。
 さっきまでは仕事用作務衣にバンダナをしていた仁だが、外すとさらりとした少し長い髪が、今肩に垂れている。
「何が起きてるんだ?」
「まだよくは分からないんだけど、影が私たちを確実に狙い始めてる。一気倒しした奴に、今思うと私、待ち伏せられてたみたいだった。その前は玲祈が獣にやられたし、それに……」
「それにどうかしたのか?」
 言って少し考えているところを、仁は顔を覗いて尋ねた。
「……うん。最初、奴等の言葉が分からなかった。だんだんいつものように聞こえるようになったと思ったら――」
 真夜と仁、そして犬の小春の様子を、鴨居から気配を消しこっそり伺っている者がいた。


 
 

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