『式師戦記 真夜伝』

 
 第十二話 それぞれの葛藤
  

「じゃあその林に」
 始めに口を開いたのは佐伯だった。
「あの祠かぁ」
「“あの”祠?」
「仁ちゃん、なにその引っ掛かる言い方」
「あそこは方角的に言えば、鬼門。逆に言えば、ここに来た影百護一門をあそこが囮がわりに引きつけている。鬼門は妖しの類いが集まりやすいから」
朱玉すだま、ですね?」
「卯木は賢いね」
 けれどその気配の本体の姿はなかったのだという。
 そして先程響いた響糸の音なき音。
「来てますね。具合からはまだ遠くはないようですし」
「真夜」
「ん?」
「真夜は手を出しちゃ駄目。瑠璃玉がないんだから」
「あ、そうだね。そのために来たんだし、今はこちらは動かない方がいい」
「だって、ほっとけって言うの?」
 ここに来たのが意図的だとすれば、確実にねらいは自分だ、と真夜は思っていた。
 一式が一星は、式家の筆頭標的にされる。
 ゆえに連れて来てしまった、おびき寄せてしまった、と。


「銘景か」
 五式家の屋敷に銘景が舞い戻ったのは、日が傾きつつある頃だった。
 母屋ではなく、いつもの所だろう場所に銘景は降りた。
 それは、五式家の弓道場だった。
 鎮破は瞑想をやめ立上がり、鴨居に掛けてある弓を手にとる。
 一本の矢をつがえ、しなやかな動きで軋むまで弦を引いた。
 一瞬、的を見据え矢に添えた手を放すと、迷いなく一陣に飛んでいき中心を貫いた。
 後ろにはもう、銘景の姿はなかった。
「影が真夜をつけ狙っているか……様子から察するに相当な手だれだが。どうする、真夜」
 鎮破は一人、呟いた。
 二日前の夜半、鎮破は家のある科騨しなだから離れたあつという町で、一匹の影を封じた。
 少し前、円茶亀から人形ヒトガタの退治依頼が来た。
 その人形は憑いていた。
 憑かれた方はよほど強欲な者だったか、最期まで自分の富だけを心配していた。
 鎮破にはそれが分かった。
 聞こえたのだ、鈍く鋭い音が魂に引導をくれてやる刹那に。
 それにしても、そのあとに偶然にも遭遇した影は、その言葉が当初、鎮破には解すことができなかった。
 だんだんだんだん、それはあの言葉へと、形を現した。
──シキノモノメッスルベシ。
 依頼とは別に現れた影。
 銘景からの話でようやく、先日の真夜の反応に対する引っ掛かりがとれたが、違う何かが胸の中に靄をかけた。


「こんばんはー!」
 真夜達が母屋で休んでいるところに、聞き覚えのある声が飛び込んで来た。
「玲祈だ」
 真夜だけが呆れた声で言った。
 仁はそれに溜め息をつくと、迎え入れるべく土間へと降りた。
「四式のか。いらっしゃい」
「あ、どうも」
「何しに来たのよ」
 仁のその背から真夜が玲祈をねめつける。
「何しにって……真夜、俺との組みでのやつどーすんだよ」
「そんなこと言ったって、瑠璃玉が粉々に割れちゃったのよ! なんのためにここにいると思うわけ!?」
 睨んだままの顔を突き付けられ、玲祈は戸にビッタリ張りついてしまった。
 額からは少し冷や汗が見えるようだ。
「……真夜、なんかイラついてないか?」
「玲祈君。今ね──」
「影がうろついてるんだろ?」
 一同はピクリとした。
 打って変わって表情を変えた玲祈は、張りついたまましゃがみ込んでついた、砂や土をほろいながら立ち上がった。
「な、暁哉」
「ご自分のお荷物は、ご自分でお持ちくださいませ」
 戸の外側に、荷物を抱えたり背負ったりしたまま、玲祈に怒りの目を向けて暁哉が立っていた。
「分ーかった説教はあとあと!」
「玲祈君、よく分かったね」
「山の裏っ側に新道と旧道の分かれ道があるだろ?」
「本来なら新道を来るのですが、玲祈様が気になると言われましたので、旧道を来たのです」
「なんか嫌な感じが強いんで、旧道を通って来てみたら」
「もしかして林の──」
「前を通った」
 珍しくも真剣な顔つきの玲祈と真夜は、お互いを向いたまましばし黙った。
 だがすぐに、その空気はぶち壊しとなる。
「それより俺、腹減ったんだよ。何かない?」
 先程の顔つきからは程遠い、気のない表情と声だ。
「何しに来たのよ、玲祈」
「なにっ……て、だから、遊びにきたんだよ……夏休みだし」
「はあ?! 暇人じゃあるまいし」
「コラ、二人とも。土間で痴話ゲンカしてないで、座敷に上がりなさい」
 仁が先に座敷の方へ上がって手招きしている。
「そうですよ、真夜様、そんなとこで」
「玲祈様も」
 二人でお目付け役に咎められ、同じように文句ありげに土間から上がる。
 ひとまず落ち着いて座ったが、それと同時に仁が再び土間へと降りた。
「仁ちゃん、どこ行くの?」
「だから『仁ちゃん』はやめなさいって。結構雲行きが怪しくなって来たから、早く瑠璃玉を造り上げられればと思ってね」
「いよいよ私の『成りし瑠璃』、造ってくれるの!?」
 真夜は手を胸元で組んで眼を輝かせた。
「いいや。今の状況じゃ『成りし瑠璃』は間に合わないよ。とりあえずはこれまでのを」
「えー」
 真夜はその場にへたりこみ、そのまま仁アトリエに籠り切った。
 アトリエには、仄かな光が灯った。
 その光が、仁の白く細い顔を照らし続けた。


 
 

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