『式師戦記 真夜伝』

 
 第十三話 影、再び。若き式師達のバトルプロローグ
  

 真夜と咲が、そろそろ寝仕度を始めようかという時、不意にあの音が届いた。
 あの澄み切った音なき音が。
「来たわ」
「行っちゃダメよ、真夜」
 咲がすぐにも飛び出して行ってしまいそうな真夜を、その前に立ち塞がって止めた。
「じゃあどーしろって言うのっ」
「俺が行く。八ツ森《やつもり]! 洲播《しまはり]!」
 二人は振り返った。
 そこには障子を大きく開けて、玲祈が立っていた。
 佐伯と暁哉も、すぐさま縁側へと駆けつけて来た。
「玲祈一人じゃ無理よ。私も──」
「真夜!」
「真夜様!」
 咲も佐伯も、必死に止めようとした。
 現時点で本星かどうかはっきりとは分からないが、おそらくはそうと思われるから。
 瑠璃玉のない真夜を、二人とも行かせる訳にはいかなかった。
「はなして!」
「暁哉、佐伯さん、咲。真夜をしばらく押さえててくれ」
「うん」
 咲が頷くと三人に真夜を任せた玲祈は、自分の小将八ツ森と洲播を追って出て行った。
「玲祈────!」
 辺りはもう、朧月夜となっていた。


 影は門とは逆となる、裏山の林の先にいた。
 そこは外との境界、響糸が張られているあちら側だった。
 ちょうど体の半分が、林の中の竹藪に足を踏み入れている状態。
 影は、すでに振り向いていた。
 玲祈からはまだ見えるか否かの距離でだ。
 円茶亀が言ってた“影”はこいつか。
 頭にそんなことを掠めた。
 “影型が威勢がいい”この情報は、真夜との屋良川の件の依頼を受け取った時に聞いた。
 しかし依頼以外の影型は、ここ最近見てはいなかった。
 まず八ツ森が影に最接近し、回りを飛び回ってみたものの、影は無反応だった。
「オイ! そこの影!」
 約10mほどの地点で、玲祈はピタリと止まった。
 一瞬間があったあと、いきなり影の体が揺らぎ始める。影型のいつものパターンだった。
 だが揺らぎ始めても、そのあとが何もない。
 どう出るか伺っている玲祈には、よほどそれが長い時間に思えた。
 動きを止めた直後、ざぁという音とともに、四方にも土の中から、まさに湧き出るかのごとく無数とも言える影が現れた。
 そうして一面が影で覆われる前に、玲祈は竹の上に飛び上がった。
「な、なんだぁ?!」
 竹藪の地面が、落ち葉のくすんだ緑色からどす黒い色に変化している。
 気がつくとそれは、竹を這い上ってきていた。
「これは速攻でやんねぇと」
 舌を出しながらも即座に封じの体勢を取ろうとするが、その間に上って来た影の先端が、玲祈の周囲に絡むように取り巻き出した。
「ざけてんじゃねぇ! 封じ!」
 封じの手印でそれをなぎ払い、玲祈は向かい側の竹へと飛び移る。影はすかさず玲祈に対し、高速で手を伸ばし始めた。
「やっと動き始めたのかよ」
 封じはどうやら効いていないようだが、玲祈もそこまで構っている余裕を逸していた。
 竹や木々を転々と飛び移っては攻防を繰り返した。
「しょうがねぇ、八ツ森! 甲遁だ!」
 甲遁とは、小将との連携により敵の攻撃をそらすための、四式独自に伝わる技である。
 玲祈が造りだす力の帯で、八ツ森が影の上に亀甲を描く。
「八ツ森は前から! 洲播は後ろだ!」
 小将を回り込ませると、一気に木の枝から影を目掛けて飛び下りた。
 影は小将には目もくれず、手をさらに玲祈へと伸ばそうとしたが甲遁に阻まれる。
「……¥℃@……÷&∇♯」
 そのまま足で貫こうとした時、影は何かを言った。
 思わず方向をそらした玲祈にも聞こえたが、何を言っているのかは分からなかった。
「なんだ、今のは……お前今なんつった?」


 あの時はまだ、鎮破はそれほど心配してはいなかった。
 街中を郊外へ向かって走る車の中、鎮破は携帯電話で話をしていた。
 相手は、“暮《くれ]”という女の声だった。
「鞠ちゃんにそう伝えとけば言いのね」
「はい、お願いします」
「こっちは任せて。六と九には?」
「それは俺から連絡を入れておきました。ただ、九奉はまだ幼いので、こちらの十奉を」
「そう。くれぐれも、真夜ちゃんと玲祈君をよろしくね」
 再び銘景を真夜達のもとに戻したところ、さきほど非常時連絡の“気”が届いた。
(マガマガシキカゲアラワル)
 急きょ出向くことになったが、こちらも怪しさが拭えないため、不在中の策を講じていた。



「玲祈ー!」
 遠ざかる玲祈の背に、真夜は叫んだが届かなかった。
「はなしてよ、佐伯、咲!」
「今しばらくのご辛抱を」
「暁哉! 分かってるの? アレはたぶん、朱印どころじゃないわ。近くの人間にまで気配が絡み付いてるの。だから昼間人間にさえ響糸が鳴ったのよ!」
「だとしたら、瑠璃玉一つじゃ足りないな」
 アトリエの方から、人影が出て来た。
「仁ちゃん! 出来たの?」
「急拵《ごしら》えだけど。ただ、そんな大物だとしたら、瑠璃玉一つでは耐え切れない」
 出来たばかりの瑠璃玉に、仁は紐を通していた。
 お目付け役達はただ会話を、見守っているしかなかった。
「昼間来た、篠川さんの行き来する道の途中に、あの祠の林がある。そこに来た影の気配の影響で、響糸が鳴ったのなら、尋常な者じゃないだろう」
「卯木! 仂!」
 瑠璃玉を仁の手から掴み取って、真夜は走り出して行った。
「……」
「何もできないって、苦しいものだね。あそこまで分かっていようが、僕たちは彼らに、どうにかしてもらうのを、見ているしかない」
 四人は苦慮に満ちていた。祓い師の咲と暁哉、玉匠の仁、そして世話役の佐伯。
 式師達のバックアップとして動くことが役目だが、事自体にはまったく触れられず、何をする事もできない。
 ただ無事を祈り役目をまっとうするしかないのだ。


 
 

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