『式師戦記 真夜伝』

 
 第十八話 瑠璃玉
  

 夜半前、威圧を含む重厚な空気を纏い、いつにも増して孤高なる狼のような鋭い眼光を放っている男が、縁側を歩んでいた。
 キシキシと音をたてていたが、男はある部屋の前の縁側に座る人影を見つけて立ち止まった。
「何やってるのよ、こんな時間に」
 先に声をかけたのは、座っていた人影の方だった。
 ゆっくりとこちらを振り向いて来たので、月明りによって男にもその顔が見えるようになった。
「鎮破」
「役立たずは寝ていろ」
「なによ……」
 睨み付けるでもなく、見つめているでもなく、ただ二人はお互いの目を見ていた。
「俺は明日ここを発つ。他の式家には俺が、奉家には六奉が伝えておく」
「父様にはさっき卯木を使いに出した……なんで銘景を私に付けたのよ?」
 鎮破は腕を組んで柱に寄りかけた。
「お前があの時言ったのは、影の言葉が理解できたかということだったのだろうが、分かるのが俺達式師の常だったはず。にも関わらずそう聞いてきたことに疑問を抱いた」
 真夜は身動き一つせず、黙って話を聞いていた。
「だがその後で、俺にもその問いの意味を理解する機会があった。来る前に片付けて来た、赤の形の影が言っていた言葉が、俺にすら解すことが出来なかった。銘景の報告と照らし合わせればそういうことだったのだろう?」
「……他にも出たのね。今日のやつも、そうだった」
 真夜は静かに庭の方へと向き直った。
「誅書はお前が書いておけ。ただし仮のをな」
「レベルの問題でしょ? 玲祈の上に私までもてこずらせたんだもの。どう書けば言いのか分からないし」
 再び背後にいる男を真夜は振り返った。
 けれどやはりなんの変化のないまなざししか見せない。
 振返られた鎮破も同様だった。
「鎮破は、確実に意思ある動きと考えてる?」
「言葉が理解出来ない事は別として突然変異も考えられるだろうが、この前のお前が待ち伏せられた件や今回のことを考慮に入れると、“誰かの意思”によって一式、正確にはお前を標的として憑け狙っているのは間違いないだろう。玲祈のあの兇の被りの軽さも、それが絡んでるのではないかとも俺は思うが」
「亀甲のおかげだけじゃないってこと?」
「あぁ。とりあえず、俺は六奉や十奉と共に、明日戻る。お前達が揃い次第、全会を一度開いたほうがいい」
「そうね。たぶん父様やおじい様がそう言うだろうから」
 依然として両者の顔、表情、まなざしに変わりはない。
 いつもならばすでに一言めからケンカとなるはずが、そのような様子はちらりとも見せないで話をしていた。
 怖いほどに鋭い眼光を湛えた鎮破も、何ごともないような一段と静かすぎる目をした真夜も、その会話は穏やかなほどだった。


 翌朝、鎮破達を見送った真夜は一人、影が崩壊した場所に来ていた。
「あのあとで川間の二人と佐伯くんが、祓い囲いをしてくれたよ」
 と、仁が朝食の場で言っていた。
 その言葉通り、祓い囲いと言われる四方を若竹で囲んだ空間が出来ている。まだ囲いの中心には影の残骸とも取れるドス黒い気配がわずかに残っていた。
「……──っい!真夜ー!」
 遠くから玲祈の声が近付いて来た。
「ったく、俺も連れてけって」
「怪我人がなま言わないの」
「真夜の方が重傷だろ」
 普段と変わらない会話のやり取りに見えるが、真夜も玲祈も、微妙に視線を外していた。
「コラコラ、痴話ゲンカしないの」
「仁ちゃん!」
「“仁ちゃん”もやめなさいって」
 玲祈のあとから仁も追って歩いて来た。
「今から祠にコレを置きに行くから二人も行くかい?」
 その手には、紅に近い赤に染まった瑠璃玉らしきものが握られていた。
「朱玉ってやつね。行く!」
 行った先の祠にあった玉は、真っ黒くなりヒビが細かく入っていた。
「本当に冷えきっちゃってるな」
 それを取ってなにやら奇妙な印象の柄をした布にしまい込んで、持って来た方の玉を代わりに祠に据え置く。
 そうしてから仁は手を静かに合わせ長い一呼吸をおいた。
「で? その黒いのはどうするのよ」
「これはまあ、俺のとこの守名だと咲ちゃんの三枝の本家に持ってくことになるかな」
「咲んち?」
 知らなかった……と、真夜は小さく呟いた。
「そう、咲ちゃんの家だね。ほとんど二式や三式がごひいきの霧越きりごえ流派は確か佐伯本家だったと思うし、五式と玲祈くんのところに仕えてる川間にはほとんどが獅梁しりょう蓮地はすちの流れがもっていく感じだからね」
「そういえば暁哉の兄貴が、獅梁で玉匠の修行してるんだ。ほら真夜は会ったことあるだろ。うちの姉ちゃんに付いてる暁哉の姉ちゃんの遥姉さん。その一番上の兄貴」
「へぇ。遥さんの上にもいたんだ、兄弟」
「俺もあんまし会ったことないんだけどな」
 ふーんと、真夜は気抜けした返事を返した。
「あ、それより、この代え玉が誰のだか分かるかい?」
 仁は思い出したよう聞いてみたが、二人はその問いにハテナを浮かべながら並んで首を横に振った。
「これは一昨晩、俺が真夜に渡した玉だ」
 真夜ははたと気がついた。影との戦いのあと、起きてから今まで瑠璃玉のことをすっかり忘れていたのだ。首にかかっていなかったことすら気付かなかった。
「……割れ、なかったってこと? 咲が私に、式師としての仕事をやらないほうがいいって言ったほどに兇を受けたのに?」
「今この玉の色、ちょっと見たら紅に近い赤に見えるけど、少し濁った赤というか、より黒の混ざった赤銅色に近いと思わない?」
 言われてもう一度見た玉は、確かにそんな色に見える。
「最初透き通っていた瑠璃玉は、普通は兇々しさによって朱に染まっていき、割れるが先か同時か後か、とにかく最後には黒くなる。これ以上は割れるっていう朱の限界までいったら、君らは俺みたいな造った玉匠に“納め”をするだろ?普通は本当にそういった納めをされた玉を朱玉に置くんだ。さっきの黒いのも、置いた時には朱みたいな色をしてたんだ。ところが、ときたまこういう普段より数倍、数十倍紅から赤銅色に近くなって、割れないで手元に戻ってくる玉がある」
「へぇ」
「あまりにも急激により強すぎるダメージがかかったか蝕むように流れ込んだのか分からないけど、真夜の場合は後者だろうね」
 仁がそれ以上言わなくとも、二人にはそれ以上言いたいことが分かっていた。
 直接的な攻撃のやり合いからではなく、取り込まれたことで内側から蝕むようにより強いダメージが流れ込み真夜の生力に危機的な状態を生み出したのだ。
 二人とも目を合わせないように俯いている。見かねて仁は言葉を続けた。
「本当なら赤銅色の玉は取って置くんだ。他にも朱玉の替えはまだあるんだけど、どうやら妖しい状況みたいになりつつあるからね。より強いダメージを吸った朱玉をここに置いて、囮に使うことにしたわけだ」
 真剣な目で仁は真夜に向き直った。
「玉匠・守名仁、“成りし瑠璃”を造る」
「ホント?! 造ってくれるの?!」
 仁が頷いて見せると、真夜は両手を挙げてやったとばかりに飛び上がった。


 
 

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