『式師戦記 真夜伝』

 
 第二十話 不穏な家族
  

「……い、いつもしてるメガネって、“伊達メ”なのかよ」
 一日五式家屋敷で休んだ玲祈は、その日も夕方になりかかった頃、鎮破と共にある場所に向かっていた。
 走行中の車の中、玲祈は殺気漂う空気の威圧に耐え兼ねて、隣りで腕を組んでいる男に尋ねた。
 普段何ごともない時はメガネをかけているが、こういう場でかけていることはない。
 今更それを思い出し、とっさの話題に出したのだが、隣りに座る男は答えなかった。
 睨まれるかとも思い身構えたが、それもない。
「無視かよ」
 と文句を言いたいけれど、言ってまた返り討ちにあうのは避けたかったので、言葉を喉の奥の方に引っ込めた。
 思えばせっかくの真夜とのタッグのチャンス……表には出さずも浮かれていたのに……だいたいまたいいとこ見せられなかったし。
 そんなことばかり考えているのだから、玲祈も相当な重傷か、根っからのバカ者だろう。

 西の空が赤く染まった頃、黒塗りの車は『屋良川』という表札がかかる家の前で止まった。
 一見ごく普通の住宅で、現代のあちらこちらによくある家の類いだった。
 しかしその家周りの土には、所々小さな竹枝が何本も刺さっていた。
「鎮破お前が仕込んどいたのか?」
「あぁ。逃げられないようにな」
「手際がいいこって」
「頭が違うだけだ」
(言ってろ伊達メのスカし野郎が!)玲祈は心の中で叫んだ。
 口でも頭でも真っ向勝負ではこちらに勝ち目はない。
 インターフォンも押さずに鎮破は家の中へと入っていくと、奥のリビングから、若い女が慌てて出て来た。
 その顔は、青ざめやつれているように見える。
「目を覚ましましたの」
 会釈をしただけで、鎮破はそのまま入っていく。
 玲祈もそれを追って行ったが、まともなあいさつもなしにズカズカ入ってきて、家の住人も普通にしていることに得心がいかない様子だった。
 が、リビングに入った途端、その疑念は消え去った。
 リビングの隣りにある畳みの和室の壁一面が、『束縛』のための力の帯で満たされており、部屋の中は異様な黒い臭気が充満していた。
 しゃれにならないくらい手際のいいこって。玲祈は苦笑していた。奥歯をギリリと鳴らすほどに噛み締めながら。
 その中央に、パリパリと電気のような音を立てて一際黒いもやに覆われた小さな男の子が横たわっている。
 調べでは聞いていたが、小学校に通うほどの年齢にしては顔が幼すぎる気がした。
 目を開けてはいるが、ぼんやりと天井を見上げている。
「鎖景。様子はどうだ」
「先程まで眠っていましたが、本人は目を覚ましてあの通りに」
 昨日三式の屋敷を訪れる前に、一度こちらに鎮破は寄っていた。
 眠っていたが、憑いていた影の状況は悪かった。
 だからあらかじめ鎮破は『払い囲い』や『束縛』を施しておいた。
「おい、大丈夫なのか? これって」
 玲祈は問うてみたが、聞いているのかいないのか、いつのまにか背を向けてしまっていた。
「他の部屋も調べさせてもらえますか?」
「え、ええ」
「玲祈。感じないか、別の影の気配を」
「他に? ……感じる、かも」
「玲祈はここを見張っていろ」
「一階はこれだけなので、二階へご案内します」
 そう言って、若い女は鎮破とともに二階へ上がって行った。
「こいつの母親か」
 近くに置いてあった写真立てには、さっきの女性と横たわっている子ども、そして父親らしき男性が仲良く写っていた。
「ふーん。ん?」
 ふと見ると、脇にある観葉植物の葉が極端にしおれている。
 影の影響かと思ったが、よく見ると植木鉢の土はカラカラに乾いていた。
 まるで何日も水をやっていないようだ。
「変だなぁ……」
 まだカーテンの閉められていない庭は、色とりどりの草花でキレイに形作られている。
 ここまで庭が整えられているくらい園芸の好きな人間が、こんなリビングの目立つところの植木鉢に水をやり忘れるだろうか。
 そんなことを考えていると、後ろで人の気配がした。
「あ、鎮破は――」
「上の部屋をまだ見ていますわ」
 女は微笑を浮かべたが、写真で見た穏やかな笑顔とは印象が違うように感じた。
 それに、最初のような青ざめた様子も消えている。
 無意識にもう一度写真を見ようとして振り向くと、ガラスに自分とその後ろ、包丁を持って今にも自分を刺しそうにしている女の姿が映っていた。
「なっ……!」
 とっさに自分に向いた刃の切っ先を躱そうと、体をひねり振り返る形で横に逃げる。
 すると包丁を持つ女の腕を、鎮破がしっかりと掴んでいた。
「やはりな」
「な、鎮破! 俺にも分かるように説明しろよ!」
 なにがどうなっているのか分からず、玲祈はまた冷や汗を垂らしてガラスにひっついている。
「この家には、三人の家族が住んでいた。父親は貿易会社のエリートで留守がち。そのために息子は母親と家にいつも二人だけだったが、少し前に事故で母親が死んでいる。そのあたりからその子の様子がおかしいと、父親が依頼してきた」
「母親が死んでるって、じゃあその人は……。いつ調べたんだよ」
「昼間にな。お前達二人が組まされてでは何かあるだろうと思ってたがな」
 よっぽどの力なのか、鎮破が腕を押さえているも小刻みに震えている。
「本体はこっちだろう。あっちはただの気配だけだ。おそらく母親の死にショックを受けた精神状態に、影が付け入ろうとしたんだろう。ただし、何かに邪魔されて取り憑くことができないでいた」
「何か、って?」
「護符だ。それに阻まれてその子に入れない。それで母親に化けたんだ」
 女の姿をしていたそれは、すでに黒くなりかけていて、自分を捕らえている腕を振り払い素早く二人から距離を取る。
「母親に化けることでその子に取り憑く機会を伺っていた。むろん周りには見えないようにな」
 もう女だったものは完全に影の姿に戻っていた。
「バレタカ ダガ ワレヲタオセハセヌ」
「普段黙るヒトガタが、今日はおしゃべりだな……言っているがいい。『払い囲い』をされ逃げ場の無いばかりか、『束縛』によってこれ以上その子に手出しはできまい」
「っかー! まったく、ほんっとイヤミなやり方するぜ」
「鎖景はそのまま子どもを見ていろ。銘景は援護を」
「八ツ森! 洲播!」
「玲祈。お前は座敷側だ」
「へーへー!」
 一気に左右へと交差に分かれて飛ぶ。
 人に憑いているわけではない形の影は、それほど速くは動けないはずだ。
 いくぶんか鎮破の方が距離的に間近だったのだろう。
 ワォアアアー!
 影が奇声を上げて襲いかかる。
 迫る影に、鎮破の強烈な蹴りが入る。
 蹴り上げられた影は今度は玲祈に向かって来ようとしたが、すでに玲祈は『封じ』の構えを取っていた。
「おとなしく、しろっ!」
 影の動きが止まった。
 鎮破も構えようとした時、彼の目にあるものが飛び込んで来た。
「玲祈よけろ!」
「はぁ?! って、うわっ!」
 間をおかずに鎮破は、死した霊のような様から名のついた、攻撃性の力の弾丸を撃って来た。
 よけたはよけたものの、さっきまで玲祈のいた場所には別の何かがいて、鎮破の弾丸がそれをかすめていった。


 
 

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