『式師戦記 真夜伝』

 
 第二十一話 狙い
  

「やっと出て来たか」
 それは人間の男だった。玲祈は顔をまじまじ見ると、軽い既視感を覚えた。
「写真の……父親ぁ?!」
「もう一匹はこれだ。連絡が取れないでいた上に、玄関の隅にそれらしき靴もあった。おかしいとは睨んでいたが」
 横たわっている子どもの父親の顔を持った者は、生気を持たない表情をしていた。
「さっき感じた気配がするぜ」
「どうやら、父親に取り憑くのには成功したらしいな。小賢しい影だ」
「全然わかんねぇ。なんで父親までなんだよ」
「子どもと同じだ。こちらの方が障害も無く付け入る隙が大きかったんだろう。だがどちらも本星。出て来るとは何が目的だ」
「イッシキハコヌノカ」
「何?」
 一言めに“一式”の名が上がったことに、鎮破は真面目に驚いた。
「ワレラガウゴクニハ カナメガイナクナレバ テットリバヤイ」
「要……だと?」
 鎮破と同様驚いた玲祈も聞き返す。
「ソウダ」
「逃げられぬと言ったはずだ」
「イイダロウ オマエタチヲミチヅレニシテモ オナジコト」
「シキノモノハ スベテメッスルベシ」
 封じられたままの形の影も口を開いた。父親に憑いている影も、気配をあからさまに露わにしていく。
「ワレラガチカラ ミセテクレヨウ」
 手を広げるなり部屋中、否家自体が影独特のドス黒い臭気に覆われた。しかもかなり濃く重さを兼ね備えている。
「ふざけたことを」
 さすがの五式の血の者であり場数も踏んでいる鎮破でさえ、こめかみの辺りから一筋の汗が伝う。
 ここまで意識を持つ影は、二人ともあの時の一度しか見ていない。あの3年前の本星。しかもよくよく考えてみれば、いつもなら寡黙のヒトガタが、こうも詭弁となると気を緩められない。
「玲祈、お前は封じている方が先だ。こっちは俺がやる」
 薄めてはいたが治められはしなかった殺気は、空気を切り裂くように鋭くなっているのを玲祈は感じた。
「……真夜狙いとあっちゃ、俺も手加減しないぜ」
 玲祈もいつになく眼光を尖らせた。普段へらへらしている人間と同一の人間に、今は誰も見えないだろう。
「へっ。封じを解けないような影なんざ、相手じゃねぇんだよ!」
 玲祈は手のひらを前に突き出した。
「燃やしてやるぜ! 火遁!」
 彼の手から、凄まじい勢いで青白い炎が吹き出した。炎は竜のように、動きを封じられたままの影に絡みつく。
 耳をつんざく声を出して影は悶えたている。
 だが、封じられ悶えながらも四式の技を、その厚く立ち込めた臭気によって跳ね返そうとしていた。
「コンナワザデ ワレハタオサレヌ」
「そいつぁどうかな。今の俺はちっとばかしキレ気味なんだよ!」
 いつのまにか影の後ろに、八ツ森と洲播が回り込んでいた。
「火遁、三炎竜さんえんりょう!」
 手足を広げて浮かんでいる八ツ森と洲播からも、炎が吹き出す。
 人間に憑依した影との戦いは、場合によっては一番やっかいなことだった。
 すでに精神の深層まで入り込まれていれば殺りやすいが、操られた状態なら生かすよう気を遣って戦う必要があった。
「お前は、まだその体を乗っとるまではできていまい」
 父親の体のまま、影は答えずに向かってくる。
 影は人間に取り憑くと、その人間の細胞と自分の本体を使って、様々な武器になるよう変化させることができる。男の手はもう人間の手ではなく、金属ではないも、鋭い木の枝が育ちながら変にうねったかのような、鋭利でゆがんだ刃と化した。
 その刃が鎮破の胸をかすめて空を斬る。
 間髪いれない二撃めもかわし、ソファーを飛び越して鎮破は壁を背にした。
 反対側のソファーのところで玲祈が火を出している。
「無茶するんじゃないぞ玲祈」
「分かってらぁ」
「そこら辺の物を燃やすなよということだ」
「うるせぇよっ」
 目を戻すと父親に憑いた影は、リビング西側の和室の前を塞ぐように立っている。
「では俺も、真面目にやるとするか」


 時は少し戻り、名屋代を流れる大川の河川敷。棗は一人、顔を上げ目を閉じて立っていた。
 川上から川下へ向かう風が一筋、午後の陽射しを受けた彼女をかすめて吹いてゆく。
 風が過ぎ去り、ゆっくり瞼を上げた。
「首尾は」
「良く」
「では行くとするわ、轢」
 河川敷の土手の上に止まらせていた車に乗り込み、棗もある場所に向かっていた。
 そこは名屋代から三十分ほどの小さな町の住宅街の奥、丘の上に建つ豪勢な家だった。
「ようこそお出でくださいました」
 門をくぐり玄関まで来ると、細身の中年女性が出迎えてくれた。
 家の中は、値の張る家具で統一されてはいるものの、どこか殺風景さを感じさせた。
 ソファに座り、お茶を出されてまもなく、壮年にも近いだろう歳の男がリビングに現れた。
「いやいや。こんなところまでご足労をおかけしまして」
「いいえ、そんなことはございませんわ」
「実は問題は私の息子でして――」
 男は、今回棗を自宅へと呼び寄せた経緯を話し始めた。
「……息子は、親の欲目で見ても極々平凡で穏やかな子だったんです。ところが何か月前からか、何事もなく突然ひきこもったり、かと思えば外に出て不良のような振る舞いをするように」
「今日はどちらに」
「部屋にこもったきりです。私どもも朝から何度も、声をかけたりしてはいたのですが」
「私もお話しさせていただいても?」
「えぇ、もちろんです。お願いします」
 男は深々頭を下げた。


 
 

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