『式師戦記 真夜伝』

 
 第二十四話 招集
  

「お世話になりました」
「成りし瑠璃は出来次第、一式に直接持っていくよ」
 仁は僅かに物寂びしげに笑った。
「結局またお預け………。瑠璃玉もやっぱり1個なのよね」
「前にも言ったけど、瑠璃玉はその人の“今”の状況・状態を見て、それにあった玉を作って渡すから、まとめて渡すことは出来ないんだ」
「分かってますよーっだ。小春、またね」
「お世話様でした」
 佐伯が頭を下げる。仁と小春は母屋の前で、3人が山を下りていくのを見送った。
「さびしくなるな、小春」
 小春をひとしきり撫でると、仁は工房へと戻っていった。

「あさって!?」
 帰路につく車の中で、真夜は思わず叫んだ。
「──そうだ。各家の式師ならびに当主、それに祓師御三家も参席する。大事になるから全てが整うまでお前には黙っていたがな」
「……分かりました。三式に寄ってから帰ります」
 電話を切ると溜め息がこぼれた。
「おじ様はなんて?」
「あさって全会を開くんだって、一式で。式師や守師だけじゃなく各式家・奉家の当主と、祓い師御三家もおじい様が直々に呼んだそうよ」
 咲や佐伯が息を飲む音が、真夜の耳にも届いた。
 事態はまだ、どう転ぶかは分からないにしても最悪ではない。しかし奇妙な展開をみせていた。
「というわけだから佐伯、三式に寄って」
「はい」
 佐伯は心持ち、車を急がせた。何やらまた真夜が機嫌を斜めにしたことに、咲も溜め息をついた。
 祓い師御三家まで呼ばれるという事態が気にならないわけではないが、真夜の今の状態と気持ちを考えると、もう少し待っていて欲しかったように思っていた。
 何かあればすぐにすぐと行動を起こしたくなる性格なのに、しばらく式師としては休養しなきゃいけなくなって、そんな時にまた全会で色々と話しが出て来れば気持ちがさらに焦ってしまう。焦れば焦るだけ兇の治癒も停滞してしまう。
 これでも三枝の人間。おじ様や御前様の、一式当主の考えも分からなくはないけれど、もうすでに真夜は焦っている。咲にはそれが分かっていた。
 “守房”の山を下り田園風景も遠ざかって、町に入る。
 真夜は、三式の家を訪れるのは久しぶりだった。
 一式や五式とは違った静寂の美しさを持つたたずまいの家屋敷は、いつ訪れても瑞々しい草花で彩られていた。
 佐伯と咲を車に残して、真夜は家の者に棗の自室へと案内された。
「体は大丈夫なの?」
「……お陰様で。もう、棗さんまでそんな怖い顔しなくても」
「したくもなるわ。鎮破と玲祈なんだけど、今睦夷病院にいるの」
「睦夷……まさか何かあったの?!」
「影にやられたわけではないのだけど、月破刀を出したのよ。玲祈も奥義を出して、二人とも体力使い過ぎて。どちらも明日には帰れるはずだけど──真夜?」
 棗の話しの途中で、真夜は少し意識が飛んだように俯いていた。
「真夜っ」
「あっ……はいっ」
「今回の件、真夜と玲祈とでやるはずだったことは鎮破から聞いてるわ。……あなた達の所から戻って来てすぐ、鎮破もこうやって来たの。その時にあなた達のことも聞いて、私が何を思って、鎮破に何を言ったか、分かる?」
 真夜は首を横に振った。棗のいつもより心なしか真剣な面持ちに、真夜は神妙に姿勢を正して聞いていた。
「もう少し肩の力を抜きなさい。じゃないと、うちの父さんや母さん達みたいに早死にしちゃうわよ? ってね」
 真夜は何も言えなかった。
「鎮破も真夜も、もちろん玲祈も裟摩子だって、私がどんなに心配してるか。あなた達は私にとって、兄弟のようなものなの。例え血が繋がっていなくともね」
「棗さん……」
「私達式の者には色々あるけどね、今の代に式師は五人。四式の毬ちゃんや奉家守師もいるけど、直接すぐに出るのは私達五人だけ。五人しかいないんだから、“一式”だからって一人で背負わないで」
 気付くと棗は真夜の右手を、両手で包んでいた。何か懇願するように、いつになく激しく言葉を紡いでいた。真夜は結局、はいとしか言うことが出来なかった。


 明後日の土曜、一式には久しぶりに錚々たる顔触れが集った。数日ぶりに会った鎮破や玲祈も、回復の姿を見せた。そんな二人を前に、真夜は腰に両手を当てて呆れたように言った。
「まったく、二人とも大丈夫だったの!?」
「……ちょっと力使い過ぎちまってさ」
 玲祈が顔を合わせ辛そうにしている傍ら、鎮破は至っていつも通りすましていた。
「お前に心配されるほどのものじゃない」
 言うとそのまま自分の席へと座ってしまった。
「何よ、鎮破のやつ。わざわざ心配してやってんじゃない」
「真夜ちゃん」
 呼ばれて振り向くと、裟摩子が立っていた。和服で髪が短く切り揃えられている裟摩子は、真夜には愛らしい人形のように見えた。
「裟摩子、久しぶりね!」
「話し、聞きました。真夜ちゃんも、他のお三方も大変だったって……」
 どこか虚ろなげに裟摩子は俯く。逆に真夜はムッと口をすぼませた。
「裟摩子までそんな顔しないでよ、ね? 結構立ち直ったんだから」
 こくりと頷いたのを見て、裟摩子を席に案内した。
 一式家証しの玉が置かれる奥座敷を上座として、そこから三つの部屋の襖を取っ払った大広間に皆集まっていた。無論、今回召集を掛けた真夜の祖父・禾衛門は、すでに上座証しの玉の前に座していた。
 来る客来る客が御前に挨拶してから着席していた。
 六奉家親子も、九奉家と連れだっていくらも経たぬうちに姿を現した。
「真夜!」
「鶴史。遊馬ゆまのとこと一緒に来たんだ」
「まあな。遊馬、挨拶あいさつ」
「真夜ねえちゃんこんにちは」
 勢いよくぺこりとおじぎして、父親の元に駆けていった男の子は九奉遊馬。歳は十一。現代の式師・守師の中では一番最年少であり、まだ戦列には加わったことがなく歳相応の修行を積んでいる。
「体は大丈夫なのか?」
「うん。特に異常はなしよ」
「四式と五式も大したことはなさそうだな」
「耳が早いわね。鎮破が回したの?」
 二人で彼を振り返るが、鎮破はただすまして座っているだけだった。
「まあな」
 と鶴史が返事をすると、二人とも後ろから誰かに思いっきり肩を叩かれた。
「よ! お二人さん」
「はまさん! 一人? 今日は千賀矢ちゃんは?」
「親父と二人で来たんだよ。ほら、御前様のとこに行ってる。千賀矢はさすがに連れて来ないよ。母さんと家でごちそう作って俺の帰りを待ってる」
「なぁんだ、つまんない」
「はまさん、よけい暑苦しいよ」
 はははと笑って、八奉濱甲はっぽうはまかつという男も自分の席に着いた。
 一方の玄関先では、一式当主夫妻が客を出迎えに出ていた。
 玲祈の母で現四式当主の衿子は、息子とは別に遅れて現れた。
「こんにちは。お久しぶりです」
「こちらこそご無沙汰しています、衿子さん」
 丁寧におじぎをした衿子に、真夜の母が和やかに笑んだ。
「この間は、息子がお世話になりました」
「いいえ、お互い様ですわ。玲祈君も大したことがなくて本当に良かった」
 果月は至って和やかに返したその時、衿子の後ろから訪れた客に、判鳴も衿子も一瞬気を改めた。
「一式御前からの直々な招集により参上致した」
 歳は二十歳そこそこ。一見男児に見える眉目秀麗なこの若者が、祓い師御三家が一つ佐伯一族の頭、九代目佐伯道方だった。
「お待ちしておりました」
 果月が手をついて礼を尽くす。ここまで挨拶程度だった判鳴もやっと口を開いた。
「佐伯穂純どの……ですな。お初にお目にかかります。私が一式当主、判鳴と申します。隣りにおりますのはうちの家内で、それからこちらが──」
「四式当主、四式衿子です」
 衿子も判鳴にならい、軽く会釈をした。
「奥座敷にて父もお待ち申しております」
「では、失礼を」
 上座から順に真夜の祖父と父、そして次に真夜が襖側に座り隣りには玲祈が。あとは順不同で現代の式師が並んでいた。
 その向かいの縁側には各式家当主、次いで奉家が両脇にならび、末席である御前の真正面下座には祓い師御三家の席が用意されていた。
 その大広間に佐伯道方が姿を見せると、俄かに皆どよめいた。
 落ち着かぬ空気の中、佐伯家の筆頭は静々と上座へと足を進めた。
「一式御前には、初めてお目にかかります」
「佐伯、穂純どのと言ったか。先代はお元気でらっしゃるか」
「はい。体の方もいいようで、隠居の生活を楽しんでおります。一式御前にもくれぐれもよろしくお伝えするよう託かって参りました」
 御前が頷くと、ではと下座へと下がり席におさまった。
 それと入れ違いのように、裏方に徹してお茶などの用意をしていた佐伯が、佐伯九代目の到着を聞いて慌てて広間に入って来た。
「佐伯」
「ご挨拶してきます」
 真夜が駆け寄ったが、頷いてそう言うと、もうすでに足は佐伯の筆頭に向いていた。
「襲名の儀にも顔を出さず、ご無沙汰しております」
「誠子さんのご子息ですね。一族のことは気にされなくともよい。どうか祓い師御三家と気を張らずに過ごされよと、先代が申しておりました」
 穂純は初めて、その美しい顔に本当の笑みを宿した。が、佐伯が戻るとまた元の隙のない表情ですましている。
 佐伯本家については詳細を聞かされていなかった真夜が、戻る佐伯を小声で呼び止めた。すると玲祈や裟摩子も佐伯を囲むように席を立った。
「あの人が?」
「はい。九代佐伯道方、穂純さんと言います。歳は確か二十歳過ぎだったでしょうか」
「美人なお兄さんだよな、佐伯さん」
「あれ? 玲祈君、穂純さんは女性だよ?」
「え!?」
「ウソっ……私ずっと男の人だと思ってた」
 当人には聞こえぬよう、皆声を静めた。
「真夜様まで……。穂純さんはいつも男性のようにしているんです。極身内以外の前に姿を見せる時は──」
 それ以上は語らずに、苦笑いでごまかしつつそそくさとどこかに行ってしまった。
「なんだろうな、あれ。ぜってぇなんかあるって」
「うん、気になる」
 裟摩子も二人の反応に頷いた。
 玄関に続く縁側の廊下から、ちょうど咲がその父と祖父・輝武を大広間へと連れてきた。
 咲は二人が席に着くのを見届ると、玲祈とは反対側の真夜の隣りに特別に後ろに少しさげて用意された席に控えた。
 だいたい顔触れも揃い、真夜の父も会釈しながら広間に戻って来た。
「揃ったようだな。皆々方には集まってもらった事、深く喜ばしく思う」
 御前の言葉で、その場は一気に線を一つ張り詰めたようになった。
 真夜の力の籠った手に、暖かい手が重なった。咲の手だ。
「ありがとう」
 真夜の口はそう形を取った。


 
 

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